六丈記2

備忘録のようなもの

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慰安婦の証言映像

 朝日新聞の慰安婦検証記事が出されてから河野談話に対する見直しの声が大きくなり、韓国の太平洋戦争犠牲者遺族会は、9月15日に「河野談話 生きている証拠」と題する映像を公開しました。河野談話の作成過程で、日本政府は1993年7月26日から5日間掛けて元慰安婦と自称する16人から聞き取り調査を実施したのですが、公開された映像はその様子の一部を17分間程に編集したものでした。
 聞き取り調査の撮影に関し、日本側は反対していたのですが、遺族会が「外部に公表するためのものではない。あくまでも遺族会の記録とするものだ」として押し切った経緯があるそうです。だから、この映像は非公開のはずでしたが、遺族会が勝手に公開したのです。


 朝鮮語の会話ですので、どの様な話をしているのか分かりません。ですが、2人目の元慰安婦には通訳が付いていて、所々通訳された言葉からすると、「1941年、12歳の時、日本の軍人3人に部屋に連れて行って何かをされた。それから釜山に連れていかれたが、家族と一緒ではなかった。釜山では魚を取って詰める仕事を一週間位していた。その後、33人で下関に行った。大阪に連れて行くと言われ、大阪では外出が禁止され、移動は車だった。言った通りにしなかったので暴行を受けた。」との内容のようです。
 この映像の公開後、マスコミなどがこの証言を翻訳すると思っていたのですが、その様なことはありませんでした。だから、証言内容が分からないままこの話題は立ち消えになったと諦めていましたが、産経ニュースが「韓国『真相明らかにして何が残る』ずさんな元慰安婦聞き取り」という記事で取り上げ、わずかながら証言内容が明らかになりました。

 記事によると、証言したのは金福善(キム・ボクソン)と尹順萬(ユンめスンマン)の2人。2人はそれぞれこう言っていたようです。
金福善「日本の巡査が(片腕を)ぎゅっとつかんで、朝鮮人男性が(もう片方の腕を)ぎゅっとはさんで引きずり出された」
尹順萬「大阪に来た。路地があって、軍人もたくさん。裏に何十里も入っていくと慰安婦の寄宿舎があった。何もないところだった」
 また、尹順萬には韓国側通訳が付いていたのですが、通訳は説明を大幅に端折ったり、言っていない言葉を付け加えたりしていたとのこと。例えば、通訳は「日本の軍人3人が部屋に来て、連れていった」と訳していましたが、尹順萬はそんな話をしていないそうです。

 産経新聞が入手した日本政府の聞き取り調査報告書によると、金福善は、巡査が「ここにこんなに美しい娘がいるではないか。1年だけ工場に働きに出すだけだから良いではないか」と言ったと語り、この巡査と朝鮮人男性がビルマ(金福善が連れていかれた先)まで同行したと証言しているそうです。この当時、朝鮮半島の巡査はほとんどが朝鮮人でした(2013年3月9日のエントリー「中山成彬代議士の国会質問」参照)。「日本の巡査」が朝鮮語に堪能な日本人だったとしても、朝鮮半島で勤務していた巡査がビルマまで一緒に行くということは考えられません。
 また、金福善は慰安婦に引っ立てた人物について、ソウル大教授(当時)の安秉直らが行った調査には「国民服(あるいは軍服)を着た日本人」と語り、日本政府に対する訴訟では「憲兵」としていたそうです。
 戦前の朝鮮半島では、朝鮮人が女性を甘言・誘拐で売春宿に売却するという事件を多く起こしていました。また、1938年に陸軍省が出した通達「軍慰安所従業婦等募集に関する件」には「内地においてこれの従業婦等を募集するに当り、ことさらに軍部諒解などの名儀を利用したために軍の威信を傷つけかつ一般民の誤解を招くおそれあるもの」とあり、内地でも軍の名をかたっていた女衒がいたことがうかがわれます。朝鮮半島でも同様のことをしていた女衒はいたでしょう。
 金福善が意図的に日本の官憲による被害者を装おうとしているのでないのであれば、官憲に成りすました朝鮮人女衒にだまされたということでしょう。巡査や憲兵の区別がよく分からなかった金福善が漠然と日本の公職者と思い込んでいたということではないでしょうか。
 尹順萬は大阪で慰安婦として働かされたと言っていましたが、大阪に慰安所はありませんでした。尹順萬は朝鮮半島で暗躍していた悪質な女衒にだまされ、大阪の遊郭に売られたということではないでしょうか。

 遺族会は1991年12月に日本国を相手に戦後補償請求民事訴訟を東京地裁に提訴した団体です。公開された映像に映り込んでいた福島瑞穂はこの訴訟の代理人で、聞き取り調査の対象となった16人の内、5人が原告でした。
 遺族会は、聞き取り調査の事前打ち合わせのために訪韓した日本政府関係者にこの訴訟の訴状を資料として採用するように要求し、「歴史を明らかにして何が残るのか。責任はどうなるのか。罪の意識はないのか」「言葉でならいくらでも謝れる。首相も天皇も言葉では謝罪した。そんなものではだめだ」とも言っていたそうです。
 当時の日本政府の内部資料には、遺族会について「『訴状を参考資料として用いよ』『証言聴取の際には、遺族会としてビデオを入れる』など、この証言を契機に、慰安婦問題について今後の裁判、わが国への補償要求につなげていこうとの意図とみられる発言も随所にある」との記述があるとのことです。
 聞き取り調査を自らの裁判に利用したいとの意図があったから、福島瑞穂が立会い、目を光らせていたのでしょう。

 聞き取り調査の報告書は、個人情報の保護を理由に公表されていません。しかし、遺族会が映像を公開したので、個人情報を保護するという目的は一部崩されました。それに、韓国では映像公開に対し、批判は出ていないようです。ですから報告書を公表したとしても、韓国側は文句を付けられないでしょう。
 河野談話に批判が集まっているのですから、談話の基となった報告書を公表し、国民の判断を仰ぐべきではないでしょうか。

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河野談話 生きている証拠
http://www.youtube.com/watch?v=-wAfRT2lNf4
韓国「真相明らかにして何が残る」 ずさんな元慰安婦聞き取り
http://www.sankei.com/politics/news/141027/plt1410270013-n1.html
軍慰安所従業婦等募集に関する件
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BB%8D%E6%85%B0%E5%AE%89%E6%89%80%E5%BE%93%E6%A5%AD%E5%A9%A6%E7%AD%89%E5%8B%9F%E9%9B%86%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E4%BB%B6
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