六丈記2

備忘録のようなもの

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

アイヌ民族はいないと発言した札幌市議5

 金子市議は8月29日に質問状に対する回答書を提出し、翌日に公開していました。

********************* 回答書 *********************
                平成26年8月29日
アイヌ差別発言究明共同実行委員会御中

  8月22日付公開質問状について(ご回答)

            札幌市議会議員 金子やすゆき

この度は公開質問状をお寄せいただいたことに感謝申し上げます。
下記の通りご返信申し上げますので、何卒ご理解を賜りたいと存じます。
なお、質問状には質問だけでなく要望、引用、ご主張などが多岐にわたるため、恐縮ながら当方で要点を整理して回答させていただくことを御容赦ください。
回答がご希望の期日より遅くなりお詫び申し上げます。

         記
質問1.「アイヌ民族はもういない発言の真意」「アイヌ民族精神文化事業を否定するのか」との質問に対して
回答
北海道のそれぞれの地域でアイヌの人々が暮らし、祖先から受け継いた文化や歴史を大切に育んでおられることはもちろん承知しており、とても尊いことと敬意を表する次第です。
私の発言は決してアイヌの人々を貶めたり、その文化や歴史を否定する意図ではないことをまずご理解いただきたいと存じます。
その上で私が述べた「民族」とは宗教や言語、文化、歴史などを共有し、自治権や国家形成などの政治的な要求を持つ集団の意味とされており、かかる意味でのアイヌ「民族」やその他「民族」との対立構造は北海道内に存在しないものと認識しています。
そのなかで札幌市や北海道が行っているアイヌ「民族」に対する補助政策について、その定義が不明確であること、また運用の実態にもさまざまな問題がみられることなど、市民から厳しい批判が寄せられています。
私の発言は、これらの観点からアイヌ政策全般について問題提起を行っているものです。

質問2.「アイヌ協会に属しないアイヌ民族も否定し、死ねというのか」との質問に対して
回答
平成18年の北海道調査でアイヌの人々(定義:アイヌの血を受け継いでいると思われる方、また、婚姻、養子縁組等によりそれらと同一の生計を営んでいる方)は23,782人である一方で、北海道アイヌ協会の会員は2,700名(協会発表による)に過ぎないとのことですから、北海道アイヌ協会に属しないアイヌの人々が約9割であることは承知しております。
アイヌ協会に属しないアイヌの方を否定する意図はございません。
また、これらの方に「死ね」との言葉を述べたことはございません。

質問3.「一部のアイヌ協会の利権幹部と真面目なアイヌの人々を区別して発言せよ」との主張について
回答
不透明な利権を悪用しているのは、アイヌを称するごく一部の人々であることは過去の議会質疑や報道などでも明らかになっています。
真面目に暮らしているアイヌの人々がほとんどであることは申すまでもなく、これらの区別が不十分だとのご指摘は真摯に受け止め、真面目に暮らしているアイヌの方々にお詫びを申し上げます。

質問4.「2008年国会決議を認めないのか」との質問に対して
回答
●「アイヌの人々が国連宣言に言う先住民族であるという状況にございません」(福田康夫総理答弁、平成19年10月3日衆議院本会議)
●「アイヌの人々がこの宣言に言う先住民族であるかについては結論を下せる状況にない」(高村正彦大臣答弁、平成20年5月23日参議院沖縄北方特別委員会)
上記のように平成20年の国会決議直前まで、政府はアイヌを先住民族と判断していませんでした。
同年6月6日の国会決議はアイヌ民族を先住民族とすべく政府の方針を180度転換させるものですが、衆議院、参議院のいずれにおいても委員会審査を省略し、本会議でも一切の質疑もないまま簡易採決で可決されたものです。
国会決議の法的効力を否定するものではありませんが、かくも重大な政府の方針転換が国権の最高機関たる国会で一言の議論もないまま、わずか一日で決定された経緯に私は一国民として大きな疑問を感じており、今後も国民世論に基づく見直しが必要だと考えています。

質問5.「平凡社大百科事典の改定経緯を知っているか」との質問に対して
回答
ご質問にもあるように、出版社(平凡社)は北海道アイヌ協会から「差別」と抗議を受け、出版社の判断でかつて知里教授が担当したアイヌ民族の関する当該記述の訂正を決定したと承知しています。
出版の自由は現憲法で保障されており、差別を理由に出版社に圧力をかけ自らの主張に沿うように記述を変えさせること自体が問題であると考えます。
たとえ出版社が当該記述を削除したとしても、その学術上の見解が消滅するわけではありませんし、多様な国民世論と言論の自由を守る立場からも不適切な行為と言わざるを得ません。

質問6.「旧土人保護法を持ちだしたような発言は公人として恥ずかしくないか」との質問について
回答
北海道旧土人保護法は、就農を希望するアイヌに無償で土地や農具、種子を交付し、自立支援を行うほか、小学校建設など教育奨励や生活扶助、社会福祉など幅広い観点からアイヌへの支援を行うことを定めた法律です。
保護法の成立を望んだのはアイヌ自身であり、その証しとして、帯広の酋長伏根弘三翁の令嬢シン子さんは保護法国会通過のお礼のために伊勢神宮に参拝し、次のような詩を詠んだといわれています。

 待焦れたる保護法は
  今日両院を通過しぬ
  想へば長き七歳の
  努力は遂に報はれぬ
  御法の光輝いや増して
  ウタリの上に輝かん
    『コタンの痕跡』(旧土人保護法とともに五十年:喜多章明)

当時アイヌの人たちの悲願であった本法がいま、その法的使命を終えてすでに廃止となっていることは誠に感慨深いものと考えます。
なお、私の発言や政治信条と北海道旧土人保護法との直接的関連はありませんので、これについて公人として恥ずかしいとは認識しておりません。

質問7.「国際人権規約を知っているか」「人種・人権差別を助長するのではないか」との質問について
回答
日本が国際人権規約を批准していることは承知しています。
質問1への回答で述べたとおり、民族の定義に基づき、かかる民族問題の存在を否定したものであり、人種・人権差別には当たらないと考えます。
なお、市民的及び政治的権利に関する国際規約(International Covenant on Civil and Political Rights、ICCPR)には、法の下の平等とあらゆる差別の禁止、とともに思想・良心の自由、表現の自由が定められていることを申し添えます。

質問8.「真面目に生きているアイヌ民族に対して謝罪を」との要求について
回答
真面目に生きている方は大変素晴らしく、アイヌの人々であろうとどなたであろうと私は等しく敬意を表するものです。
ご要望の謝罪について、どの部分が「罪」なのか、また、どなたに謝罪すべきなのか、質問状からは読み取ることができませんでしたが、
質問3への回答でもお答えした通り、「一部のアイヌ協会の利権幹部と真面目なアイヌの人々を区別して発言せよ」との指摘に対しては、真面目に暮らしているアイヌの方々がほとんどであることは申すまでもなく、これらの区別が不十分だとのご指摘は真摯に受け止め、真面目に暮らしているアイヌの方々にお詫びを申し上げます。
なお、アイヌ差別発言究明共同実行委員会にはアイヌの人々以外の方も加入されているようですが、それらや諸外国の人々までも謝罪の対象ではないものと考えます。
以上
****************************************************

 「金子やすゆき市議のアイヌ民族差別発言を究明する共同実行委員会」の質問状にある質問項目は3つなのですが、質問と意見が入り混じり、どこまでが質問なのかよく分かりません。金子市議はそれを読み解き、8つに整理して解答しています。

 共同実行委員会は、民族の定義が知里真志保教授の生きていた時代の認識と現在の認識は違うと主張しながら、その定義を明らかにしないままアイヌ民族の存在を肯定しています。金子市議の認識が間違っているとするなら、「アイヌ民族はいる」と言い張って終わりにするのではなく、アイヌ民族の定義を示し、だから「アイヌ系日本人ではなく、アイヌ民族なのだ」とすべきでしょう。共同実行委員会からは、自分達の主張は揺るぎの無い真実であり、それ以外は議論に値しないとの独善性の強さを感じます。
 金子市議は民族の定義を「民族とは宗教や言語、文化、歴史などを共有し、自治権や国家形成などの政治的な要求を持つ集団」と認識しています。どの集団に帰属意識があるのかが一番重要だと思うのですが、そういう主観的要素は入っておらず、政治的な要求の有無が重要と考えているようです。金子市議の民族の定義が、学術的にどう評価されるのかは分かりません。ですが、民族の定義に正解は無いという現代的な認識からすると、間違いとすることは出来ないのでしょう。
 ただ、疑問は残ります。例えば、明治初期に函館へ渡った榎本武揚ら旧幕府軍は、朝廷に対して北海道を徳川家に下賜するよう嘆願する一方、蝦夷地領有宣言式を決行し、蝦夷政権(所謂、蝦夷共和国)を樹立しました。榎本らは、徳川家を北海道の領主として置き、徳川家による恒久的な北海道支配を画策していたのです。この旧幕府軍は「自治権や国家形成などの政治的な要求を持つ集団」といえるのではないでしょうか。それに、旧幕府軍の人達は「宗教や言語、文化、歴史などを共有」していたと判断できます。金子市議の民族の定義だと、榎本ら旧幕府軍を一つの「民族」と認めなければならないのではないでしょうか。同じ様に、新皇を名乗った平将門ら、実質的自治をしていた奥州藤原氏、朝廷の支配から脱却した鎌倉武士、戦国時代に権力者に取り入って自治都市を形成していた堺の商人の場合はどう判断したらいいのでしょうか。

 金子市議は2008年6月に国会で採択された「アイヌ民族を先住民族とすることを求める決議」の手続きについて、審議も無いまま可決されたことを批判しています。何故、この様な手続きになったのでしょう。的場光昭氏が著書の中で以下のように説明しています。
*****************************
決議が採択された翌七日の北海道新聞朝刊によれば、決議に向けた動きが水面下で始まったのは平成二十年一月、新党大地の鈴木宗男代表が自民党北海道連会長の今津寛衆院議員(当時)に持ちかけたのがきっかけだったといいます。民主党の鳩山由紀夫幹事長(当時)も同じ思いで、三月には今津衆院議員を代表に「アイヌ民族の権利確立を考える議員の会」が発足、水面下で政府との調整を行い、原案を作成した。「自民党の党内手続きで必要な政務調査会の審議を経れば、『さらに異論が出てまとまらなくなる』(閣僚経験者)とみて、いきなり党の最高意思決定機関の総務会に諮り、了解を得た。通常手続きではないが、決議の骨格を守るための巧妙な案だった」と記事は紹介しています。
 まともに議論すると決議案が潰れるから、議論させないようにしたということでしょう。民主主義の精神に著しくおとるばかりか、国会の存在を自己否定する暴挙といえましょう。さらにこの暴挙を北海道新聞は、「巧妙な案だった」と持ち上げています。
*****************************
 ここに書かれている2008年6月7日の北海道新聞の記事を探してみましたが、見つかりませんでした。それで、当時の新聞報道から該当部分を要約し、どんな流れになっていたのかみてみます。
●2008年5月23日毎日新聞
 超党派の議員連盟の「アイヌ民族の権利確立を考える議員の会」が国会決議案をまとめる。
 社民党の福島瑞穂党首と国民新党の亀井静香代表代行、新党日本の田中康夫代表が世話人に加わり、今津代表世話人が「すべての政党がそろって決議を目指すことになった」と発言。
 各党の世話人が決議案を持ち帰り、5月中の国会提出を目指し党内手続きに入るが、自民党内には慎重論もあり、自民党内がまとまるかは不透明。
●2008年5月24日毎日新聞
 政府は、先住民族の認定が将来的に土地の補償要求などにつながることを懸念。自民党内には国会決議そのものに慎重論も残っており、北海道ウタリ協会の悲願である先住民族としての認定には、まだまだ高いハードルが残っている。
 鈴木宗男・新党大地代表は「ウタリ協会は大所高所にたって判断してくれている。政府や行政が懸念しているような話はない」と否定。
 今津寛・自民党道連会長は「加藤理事長は『土地の問題などはいっさい要望しない』と町村信孝官房長官にはっきり伝えている」と述べ、先住民族の認定と具体的な権利要求を切り離しているという考え。
 ウタリ協会加藤理事長は「(設置を求めている)有識者懇談会で討議してもらえばいい。(国会決議を)やる前から『これもだ』『あれもだ』ということにはならない」。
●2008年5月30日毎日新聞
 国会決議案が6月6日の衆参両院本会議で全会一致で採択される見通し。
 「アイヌ民族の権利確立を考える議員の会」は7月の北海道洞爺湖サミットを前に国会決議を実現しようと協議を重ねていた。
 政府・自民党内には先住権の認定が政治的権利や財産権の要求につながることへの警戒感があるため、先住権をどう具体化するかについては決議案に明記せず、有識者懇談会の設置を求める表現にとどめた。原案には、日本近代化の過程でアイヌ民族が「拘束、収奪された」などの記述があったが、自民党の反発で削除された。
●2008年5月31日日本経済新聞
 自民党の大島理森国会対策委員長が国会決議案について、今週中に党内の了承手続きを済ませ、衆参両院の本会議で採択したい考えを示した。
●2008年6月4日毎日新聞
 衆参両院議院運営委員会が国会決議案を6日の両院本会議にはかることを正式に決めた。
 自民党は総務会で決議案を了承。他党は賛成方針。
●2008年6月5日読売新聞
 町村官房長官が、国会決議案が6日に採択された場合、アイヌ民族の権利内容を審議する有識者懇談会を設置する方針を明らかにする。
●2008年6月6日毎日新聞
 国会決議が6日の衆参両院本会議で採択された。
 政府が、アイヌ民族について「先住民族であるとの認識」を明記した官房長官談話を発表した。
 町村長官は記者会見で、国連宣言にある先住民族として認定するかどうかについては「議論しても意味がない」と言及を避けた。

 確かに根回しで、自民党の党内手続きを省略していたのがみてとれます。ただこの流れを見ると、議員連盟が議論させないことを目的としていたというより、7月のに間に合わせるために、兎に角「アイヌ民族が先住民族」と認めさせようと急いでいたように見えます。北海道洞爺湖サミット(7月7日~7月9日)の直前に、初の「先住民族サミット」(7月1日~7月4日)が開催されることになっていましたので、それまでに片付けておこうとした面があったように思えます。
 ただ、金子市議が指摘することはもっともで、後々大きな影響を及ぼすことについて議論が無かったのは問題です。それに、国会で決まったことであっても、地方議員が口出しするのは何の問題もありません。そんな前例は幾らでもあり、特に問題にされていません。

 金子市議は、平凡社の大百科事典を引用したことについて、改訂経緯についてだけに回答しています。何故、改正前の大百科事典を引用したかについては回答していません。たぶん、的場光昭氏の著書には改訂されていることが書いてありませんでしたので、知らなかったのだと思います。
 共同実行委員会は、民族について「当時の認識と現在の認識は違う」と言っていますが、確かにそのようです。
 日本では、昭和の初頭まで「民族」を人種的区分や国家構成員の概念との混同して使っていました。その後、「フォルク」(近代以前の未発達の潜在的な民族)と「ナチオン」(中央集権国家の成立や民主主義の確立などによって、フォルクが発展して自覚的となった民族)という用語を用い、民族を論じるようになったようです。1960年代の後半になると、民族はより大きな社会集団に取り込まれる過程の存在、前近代の遺物との考え方(同化理論)が支配的になりました。時が経ち、社会運動研究の場では資源動員論が席巻(70年代から80年代初め)したこともあり、「民族」は政治的運動のために動員される資源との主張がなされます。少数民族のエリートたちが排外的な政治活動のために民族の独自性を操作しているとの主張がなされ、民族性は内部から構築されるものと考えられるようになったようです。そのため、民族は民族意識を共有する人達との認識になったみたいです。この様に「民族」に対する考え方は、自明的な集団(本質主義的理解)から、帰属アイデンティティにより規定されながら変化の過程にある集団へと長期的に変化していました。
 平凡社が大百科事典を改訂した切っ掛けは北海道アイヌ協会から「差別」と抗議を受けたことによるものでしょうけど、学術的な変化に合わせる必要性もあったのでしょう。

 共同実行委員会は、金子市議に「昔政府が作った旧土人保護法を持ち出したような発言で現在の認識を認めないで公人として恥ずかしくないですか?」と、非難とも取れる問いを投げかけていました。共同実行委員会は北海道旧土人保護法を酷く差別的なものとみているようです。「土人」は、現在では差別用語として扱われていますが、当時は「土地の人」という意味でしかなく、差別的意味合いはありませんでした。「旧土人」はアイヌの人を意味していましたが、「新土人」は明治以降に入植した人を指していたのです。
 では、北海道旧土人保護法はアイヌの人を差別するために制定された法律なのでしょうか。道庁の説明はこの様になっています。
*** 北海道旧土人保護法 道庁の見解 ***
■日本国民への同化が目的
 明治時代になると、政府の植民策がすすみ北海道への移住者が増加してきました。開拓使や北海道庁は、先住していたアイヌの人たちに一部の地域で農業の奨励や教育・医療などの施策をおこなってきましたが、十分ではなく、次第に生活に困窮する人たちが増えてきました。
 このため、政府は明治32年に「北海道旧土人保護法」を制定しました。これは、アイヌの人たちを日本国民に同化させることを目的に、土地を付与して農業を奨励することをはじめ、医療、生活扶助、教育などの保護対策をおこなうものでした。
 しかし、和人の移住者に大量の土地を配分したあとで、新たに付与する良好な土地は少なく、付与された土地もその多くは、開墾できずに没収されたり、戦後の農地改革では他人に貸していた土地が強制買収されたりしました。
 また、その他の対策も必ずしも成果は上げられませんでした。
■戦後も生き続けた旧土人保護法
 法律は下記のように、漢字にカタカナの混じった文ですが、戦後も法律として効力をもち続けました。
 このうち、実際に機能していたのは、付与された土地を他人に譲渡する際に知事の許可を必要としたことと、共有財産を知事が管理することの規定のみでした。(共有財産とは、明治時代の漁場経営の収益金や宮内省からの教育資金としての御下賜金などの残りを積み立てていたものです。)
 また、昭和9年に制定され、旭川市における土地の処分について定めた「旭川市旧土人保護地処分法」も、土地の譲渡について旧土人保護法の規定を準用することを定めたことだけが機能していました。
 この二つの法律は、平成9年7月新法の施行に伴い廃止されました。
****************************************
 北海道旧土人保護法以前にも、「旧土人救済方法」など行政機関によるアイヌ保護政策が取られていましたが、アイヌの窮状を解消するには十分ではありませんでした。そこで、金子市議も指摘するようにアイヌ人達も保護法の成立を望んだのです。ですが、北海道旧土人保護法が施行されると問題点が現れ、社会環境の変化に合わせて5回(大正8年、昭和12年、昭和21年、昭和22年、昭和43年)一部改正が行われました。そして、最終改正後は下記の通りになりました。
*** 北海道旧土人保護法 最終改正後 ***
[土地の無償交付]
第一条 北海道旧土人ニシテ農業ニ従事スル者又ハ従事セムト欲スル者ニハー戸ニ付土地一万五千坪以内ヲ限リ無償下付スルコトヲ得

[所有権の制限]
第二条 前条二依リ下付シタル土地ノ所有権ハ左ノ制限ニ従フへキモノトス
一 相続ニ因ルノ外譲渡スルコトヲ得ス
ニ 質権抵当権地上権又ハ永小作権ヲ設定スルコトヲ得ス
三 北海道庁長官(北海道知事)ノ許可ヲ得ルニ非サレハ地役権ヲ設定スルコトヲ得ス
四 留置権先取得権ノ目的トナルコトナシ
② 第三条[没収]ノ規定二依ル没収ヲ受クルコトナキニ至リタル土地二付テハ前項ノ規定ハ之ヲ適用セズ此ノ場合ニ於テ譲渡又ハ物権ノ設定行為ハ北海道庁長官(北海道知事)ノ許可ヲ得ルニ非ザレバ其ノ効カヲ生ゼズ但シ相続以外ノ原因二因ル所有権ノ移転アリタル後二於テハ此ノ限ニ在ラズ
第二条ノニ 削除

[没収]
第三条 第一条[土地の無償交付]二依リ下付シタル土地ニシテ其ノ下付ノ年ヨリ起算シ十五箇年ヲ経ルモ尚開墾セサル部分ハ之ヲ没収ス
第四条乃至第六条 削除

[保護施設]
第七条 北海道旧土人ノ保護ノ為必要アルトキハ之二関スル施設ヲ為シ又ハ施設ヲ為ス者ニ対シ補助ヲ為スコトヲ得

[費用の負担]
第八条 前条ニ要スル費用ハ北海道旧土人共有財産ノ収益ヲ以テ之ニ充ツ若シ不足アルトキハ国庫ヨリ之ヲ支出ス
第九条 削除

[共有財産の管理]
第十条 北海道庁長官(北海道知事)ハ北海道旧土人共有財産ヲ管理スルコトヲ得
② 北海道庁長官(北海道知事)ハ共有者ノ利益ノ為ニ共有財産ノ処分ヲ為シ又必要ト認ムルトキハ其ノ分割ヲ拒ムコトヲ得
③ 北海道庁長官(北海道知事)ノ管理スル共有財産ハ北海道庁長官(北海道知事)之ヲ指定ス
第十一条 削除
附 則 (省略)
****************************************
 戦後に新しい法律の成立によって関連条項が削除されたため、この様になりました。土地関連条項については、第一条の土地の付与は戦後行われておらず、よって第三条の土地の没収も実行されず、第二条の土地の所有権の制限と第十条の北海道庁長官の権限だけが効力を持ち続けていました。第七条の保護施設は地域振興策による施設に代替されたため、第八条も実質的に意味の無いものでした。死法化していたのです。
 1970年には、全道市長会において北海道旧土人保護法の廃止が決議されますが、その時に北海道ウタリ協会(現・北海道アイヌ協会)は廃止に対して反対決議を行っていました。北海道ウタリ協会が同法廃止と新しい法律制定を総会で求める決議をしたのは1982年のことでした。

 金子市議は、「アイヌ民族なんて、いまはもういないんですよね。せいぜいアイヌ系日本人が良いところですが、利権を行使しまくっているこの不合理。納税者に説明できません。」という発言について、「人種・人権差別には当たらない」との考えを示しています。アイヌ民族はもういないという内容はアイヌを自認する人々には不快かもしれませんが、それが何故差別になるのか誰も説明していません。レッテルを貼って言論を封じることは、非常に多く行われていることですが、この様な全体主義的傾向を危惧します。

///////////////////////////
民族(minzoku),民族集団(ethnic group)
http://www.cscd.osaka-u.ac.jp/user/rosaldo/000612nation.html
台湾民族論 <上>
http://www.taiwannation.org.tw/jpn/ikutoku01.htm
土人
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%9F%E4%BA%BA
[旧]北海道旧土人保護法について
http://www.pref.hokkaido.lg.jp/ks/ass/sinpou4.htm
北海道旧土人保護法
http://ja.wikisource.org/wiki/%E5%8C%97%E6%B5%B7%E9%81%93%E8%88%8A%E5%9C%9F%E4%BA%BA%E4%BF%9D%E8%AD%B7%E6%B3%95
北海道アイヌ協会 主な沿革
http://www.ainu-assn.or.jp/about05.html
スポンサーサイト

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する
 

さすがはボルトさん、実に克明に明晰に書かれていますね。 それにしてもこれだけの事を良く調べましたね、
本当に頭が下がります。

よもぎねこ | URL | 2014-09-25(Thu)09:25 [編集]


Re: タイトルなし

> さすがはボルトさん、実に克明に明晰に書かれていますね。 それにしてもこれだけの事を良く調べましたね、
> 本当に頭が下がります。

イザのブログはニュースと連動していましたから、元記事が古くならないうちに書き終えるようにしていましたが、それから解き放たれたから、自然にこのようになったのだと思います。
誰かに読んでもらうというより、自分のために調べたことを残すという風になってきているため、不要に長く読みにくくなっていると思います。文才があれば、もっとスッキリとした文章になるのでしょうが、取り柄は福山雅治似の容姿だけなので致し方ありません。

M8ボルト | URL | 2014-09-28(Sun)20:36 [編集]


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。