六丈記2

備忘録のようなもの

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朝日新聞の慰安婦報道検証特集について考える【2】

 前回のエントリー「朝日新聞の慰安婦報道検証特集について考える【1】」では特集についての要約を載せました。従軍慰安婦について詳しい訳ではありませんが、特集に対して思ったことを書きます。


◆検証報道なの?
 特集は、過去にこんな内容を報道したとしながらも、当時の記事を載せていません。例えば、河野談話の翌日、読売、毎日、産経の各紙は「強制連行」を認めたと報じたが、朝日新聞は「慰安婦『強制』認め謝罪 『総じて意に反した』」の見出しで報じ「強制連行」を使わなかったとしていますが、その記事を載せていません。だから、これが本当なのか、簡単には分かりません。縮小版に当たるか、各紙の検索サービスを利用するれば確認できるでしょうが、一般人にはハードルが高いでしょう。信頼性に疑義を持たれたくないなら、資料として当時の記事を掲載すべきです。他紙の記事の引用が難しいなら、自社の記事くらいは載せるべきでしょう。それをしないのは、特集での見解が疑わしいからでしょうか。
 普通、大きな組織の場合、自社の不祥事などに対する検証は第三者委員会を立ち上げて行われます。曲がりなりにも客観性を確保しなければ、社外の納得を得られないからです。労働環境を問題にされたすき家、STAP細胞論文問題で物議を醸した理研、顧客情報漏洩事件を起こしたベネッセ等など、多くの企業が第三者委員会を設立しています。
 特集では、最後に3人の学者を登場させていますが、2人は慰安婦問題に関する自分の意見を述べるのが主でした。これでは、検証の妥当性を示したとは到底言えません。自社の組織で検証することを否定しませんが、朝日新聞はこの件について第三者委員会を立ち上げる考えはないのでしょうか。もしないのなら、石破茂幹事長が国会による報道の検証の必要性に言及しているのですから、朝日新聞が自ら進んで国会にお願いしたらいかがでしょう。
 そもそも、この特集は検証と言えるのでしょうか。「朝日新聞が慰安婦報道を検証」などとニュースで流されていたため、検証報道なのだと思っていましたが、改めて読み返してみると、「慰安婦問題の報道を振り返り」「これまでの報道を点検しました」とありますが、「報道を検証」とはありません。周囲が検証報道と騒いでいるだけで、朝日新聞は検証するつもりなどなく、振り返ってみただけだったのかもしれません。


◆何故、今、慰安婦問題の特集をしたのでしょうか
 文中に「安倍政権は河野談話の作成過程を検証し、報告書を6月に発表しました。一部の論壇やネット上には、『慰安婦問題は朝日新聞の捏造だ』といういわれなき批判が起きています。しかも、元慰安婦の記事を書いた元朝日新聞記者が名指しで中傷される事態になっています。読者の皆様からは『本当か』『なぜ反論しない』と問い合わせが寄せられるようになりました。」とあります。河野談話の検証内容が朝日新聞にとって不都合だったため、朝日新聞が尚更追い詰められていたようです。だから、朝日新聞は慰安婦問題の特集をしたのでしょうか。
 朝日新聞はこの特集のために、今年の4~5月の間、吉田氏証言の裏付けのために済州島内で聞き取り調査をしたとも書いています。つまり、談話の検証報告書が発表される前に、朝日新聞は特集の準備を始めていました。検証報告が発表されたために、始めた訳ではないようです。かといって、河野談話の検証の動きが何の影響も与えなかったとも思いません。菅官房長官は2月28日に「検証チーム」を政府内に設置すると明言し、検証チームの初会合は4月25日に開催されました。河野談話の検証が避けられないと分かり、何らかの対策をしなければならないと、朝日新聞は考えたのではないでしょうか。それが動機の一つだったように思います。
 次に、2013年後期における朝刊販売数の対前期比を見るとこうなっていました。
読売新聞 -0.08%
朝日新聞 -0.91%
毎日新聞 -1.35%
日経新聞 -3.69%
産経新聞 +0.33%
 部数を伸ばしたのは、慰安婦問題の批判を繰り返していた産経新聞のみで、親中親韓傾向の新聞が落ち込んでいます。
 数年前は韓流ブームと騒いでいましたが、今はすっかり鳴りを潜めました。逆に嫌韓が広まっています。朝日新聞は今年2月、「『嫌中憎韓』が出版界のトレンドになりつつある」という記事を書き、批判しながらも、世の中は「嫌中憎韓」の流れになっているのを認めていました。人々が左翼離れを起こし、朝日新聞も無視出来ないほどになっているのではないでしょうか。それで、朝日新聞は、頬被りを続けていてはジリ貧になると判断したのだと思います。これが二つ目の動機だと思います。
 三つ目として、今年3月、従軍慰安婦問題の火付け役となった植村隆記者が朝日新聞を退職したことが影響したのではないでしょうか。植村元記者は、4月から神戸松蔭女子学院大学で教授となる筈でしたが、大学側から雇用契約を解消され、今は札幌の北星学園大学の非常勤講師をしているようです。植村元記者が組織の一員でなければ、彼の記事を否定しても処分ということにならず、社内の軋轢は小さくて済むでしょう。それに、社外から本人に直接釈明させろと迫られても、既に社員でないからと断ることも出来き、好都合です。
 色々な理由が重なり合って、慰安婦問題の特集は出されたように思います。


◆強制連行について
 特集の中で、強制連行について「もともと『朝鮮人強制連行』は、一般的に、日本の植民地だった朝鮮の人々を戦時中、その意思とは関係なく、政府計画に基づき、日本内地や軍占領地の炭鉱や鉱山などに労働者として動員したことを指していた。60年代に実態を調べた在日朝鮮人の研究者が強制連行と呼び、メディアにも広がった経緯もあり、強制連行は使う人によって定義に幅がある。」と説明しています。この様な書き方をされると、戦時中から「強制連行」という言葉が使われていたように思わされ兼ねませんが、当時は「徴用」「労務動員」と言っていたのですから、それを「強制連行」と言っていたとは思えません。「徴用」を「強制連行」と言い換えていたことを示す資料でもあるのでしょうか。「研究者が強制連行と呼び」と書いているのですから、朝日新聞も言い換えられたのは、60年代と認識しているのでしょう。それにしても、朝日新聞は「徴用」という言葉を使いたくないようです。
 ここで示されている在日朝鮮人の研究者は、朴慶植のことです。1929年に両親に連れられて6歳で来日し、日本大学卒業後、国民学校助教を務め、戦後は朝鮮中高級学校、朝鮮大学校の教員を務めていました。1965年に刊行された「朝鮮人強制連行の記録」という著書によって「強制連行」という言葉が広まったとされています。
 もし、この著書で「朝鮮人強制連行」という造語を使わず、「徴用」という言葉を使っていたなら注目されることはなかったでしょう。「朝鮮人強制連行」を使ったことによって、「在日朝鮮人は強制連行の被害者」という言説が広がりました。そして当時は、日本人と同様な義務が課せられたということでも、朝鮮人だけが酷い目にあったという雰囲気が拡散したようです。この様な背景が、慰安婦問題を生み出す一因だったような気がします。

 閑話休題。特集は、慰安婦の募集方法に対する報道の変遷について、「朝日新聞は1991~92年の間、強制連行と報じていた」、「93年の挺対協の証言集は、多くが業者による誘拐だったとしたが、自由を奪われて性行為を強いられていたと書いた」、「河野談話は軍による強制連行を認めていなかったが、自由意思を奪われた強制性を問題とした」、「河野談話の報道では、他紙は強制連行と報道したが、朝日新聞は強制連行を使わなかった」、「朝日新聞は93年以降、強制連行という言葉をなるべく使わないようにした」、「97年の慰安婦問題特集では、朝鮮や台湾について軍による強制連行を直接示す公的文書は見つかっていないと書き、本人の意思に反した場合を強制とした」との様なことを書いています。これらからすると、最初の頃こそ、朝日新聞は強制連行を問題としていましたが、韓国の挺対協が93年に慰安婦の証言集を発行した後は、河野談話と同様に軍の意思による強制連行を問題にせず、本人の意思に反した場合を問題視していたと、言いたげなようです。93年の時点で慰安婦強制連行説を捨て去り、慰安婦問題の本質は本人の意思に反した強制性にあるということに目を向けていたという理屈なのでしょう。河野談話以降、「強制連行」を全く使っていないというならまだしも、「なるべく使わないようにしてきた」ということは唯の主観でしかなく、実際は使っていたということですから、通らない理屈です。
 また、河野談話の報道について、読売、毎日、産経の各紙は「強制連行」を認めたと報じているのに、朝日新聞が「強制連行」を使わなかったと強調しています。他紙は朝日新聞よりも悪いと暗に言いたいのでしょう。だけど、河野官房長官は談話発表後の記者会見で、強制連行の事実があったという認識でよろしいかと質問され、「そういう事実があったと。結構です」と明快に答えていました。強制連行を認めたと報じても間違いとは言えません。大事なのは記事の内容でしょう。朝日新聞は社説などでどの様な主張を展開してきたのでしょうか。

 朝日新聞は慰安婦問題を「強制連行」から「本人の意に反した強制性」にすり替えました。だけど、強制連行説を完全に捨てた訳でもないようです。朝鮮や台湾については就労詐欺や人身売買などで集められたことが多かったとしながらも、「インドネシアなど日本軍の占領下にあった地域では、軍が現地の女性を無理やり連行したことを示す資料が確認されています。」と結論付けています。
 たぶん、「白馬事件」のことを指しているのでしょう。白馬事件(スマラン事件)は、インドネシアで起きた監禁・強姦事件です。1944年2月、日本軍の下士官達が、オランダ人女性35人を抑留所からスマランにあった慰安所に連行し、慰安婦にします。しかし、オランダ人の親が抑留所視察に来た小田島董大佐に訴えたことにより発覚、1944年4月末に慰安所は軍司令部によって閉鎖されました。事件を起こした下士官達が日本軍の軍規違反で裁かれたか分かりませんが、1948年にバタビア臨時軍法会議でBC級戦犯として訴追(罪名は強制連行、強制売春、強姦)され、慰安婦にされた35人中25人が強制だったと認定されて、11人(軍人および慰安所を経営していた日本人業者等)が有罪とされました。唯一人死刑となった岡田慶治少佐は希望者だけだったと無罪を主張したようですが、軍司令部が慰安所を閉鎖していますから、強制連行があったと推定されます。
 日本軍の監督責任は問われて然るべきでしょう。ですが、日本軍自ら慰安所を閉鎖しているのですから、軍の命令で行われたのではないのは明らかで、軍人による個人犯罪です。朝日新聞は「軍が~確認されています。」と書いていますが、正確には「軍人」とすべきなのです。
 戦後は、「日本軍=悪」というイメージが拡散され、「軍人の犯行=軍の犯行」と短絡し混同される傾向にありました。軍という組織と軍人という個人の区別を曖昧にし、国家犯罪のように吹聴されました。
 在日米軍の軍人が時たまレイプ事件を起こしますが、米軍の命令(意思)で犯罪が行われているとは誰も考えません。朝日新聞社員も過去に様々な犯罪を犯していますが、朝日新聞社の犯罪と報道したことはないでしょう。問題は犯行の主体なのです。まず、それをハッキリさせることが先決で、重要でしょう。


◆吉田証言について
 特集は、朝日新聞が吉田証言を初めて取り上げたのは82年で、97年の慰安婦問題特集以降は取り上げていないとし、この間16回記事にしたとしています。真偽を確認しないまま講演内容を初掲載し、「真偽は確認できない」と掲載中止したことは分かりますが、その間どの様な報道をしていたのか分かりません。本来なら、それを明らかにすべきでしょう。
 1992年4月に、歴史学者の秦郁彦氏が済州島での現地調査の結果を公表した後、吉田証言を虚偽と疑う報道がされ始めました。これを受け、朝日新聞は吉田清治氏に裏付け取材をしたものの拒否されたようです。朝日新聞はこの時、吉田証言の裏付けが取れないことを記事にしたのでしょうか。1992年5月24日の朝刊で、吉田氏が韓国へ謝罪の旅に出る予定と紹介していますが、証言に疑いを持つようなことは書かれていません。97年の慰安婦問題特集以前に、吉田証言の信用性を疑問視する記事を書いていたとするなら、特集で明記されている筈です。しかし、その様な記述はありません。朝日新聞が吉田証言の信憑性に疑問符を付けたのは、97年が初めてということなのでしょう。

 吉田証言を最初に虚偽と報道したのは韓国の新聞でした。現地新聞の許栄善記者が現地調査し、済州島での「慰安婦狩り」は事実無根であり、吉田証言は虚偽であると1989年8月14日の紙面で報じました。この記事には、郷土史家である金奉玉の「1983年に日本語版が出てから何年かの間追跡調査した結果、事実でないことを発見した。この本は日本人の悪徳ぶりを示す軽薄な商魂の産物と思われる」との主張も掲載されています。しかし、この記事は埋もれ、広く知られる事になったのは、秦氏が1992年に現地の図書館でこの記事を発見し、日本に紹介したからでした。
 前述のように秦氏も現地調査をし、同様の結果を得ています。秦氏は産経新聞で調査結果を公表した他、1993年に文藝春秋で「昭和史の謎を追う」との論文を掲載し、第41回(1993年)の菊池寛賞を受賞しています。1992年以降、吉田証言の信憑性を疑う主張が段々多くなり、1996年には、吉田氏のインタビューをした週刊新潮(5月2・9日号)が「本に真実を書いても何の利益もない。 事実を隠し自分の主張を混ぜて書くなんていうのは、新聞だってやるじゃないか」との発言を掲載しました。吉田氏自身が著書に創作が含まれていることを認めたのです。
 この様な状況で、朝日新聞は吉田氏に虚偽報道のことを問いただしたのですが「体験をそのまま書いた」と答えられ、済州島の取材でも裏付けは得られなかったにも拘らず、97年の慰安婦問題特集は「証言が虚偽だという確証がなかった」と判断し、「真偽は確認できない」と書くに止めていました。

 今回、朝日新聞は吉田証言を虚偽と判断し、記事を取り消しました。理由は、済州島を再取材しても裏付けが取れず、研究者への取材で証言の矛盾が明らかになったからだそうです。朝日新聞は97年に済州島を取材していますし、研究者の指摘は90年代に明らかになっていました。この程度の理由で虚偽と判断するなら、90年代にそう判断すべきだったでしょう。
 吉田証言を取り消す機会はいくらでもありました。しかし、朝日新聞は見たくない過去から目をそらし、頬被りを決め込んだのです。


・・・続く。

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売れるから「嫌中憎韓」 書店に専用棚 週刊誌、何度も
http://book.asahi.com/booknews/update/2014021700003.html
産経以外の前半期比マイナス続く、日経は4%近い下げ率記録…新聞の発行部数などをグラフ化してみる(2013年後半期・半期分版)
http://www.garbagenews.net/archives/2141038.html
慰安婦火付け役 朝日新聞記者はお嬢様女子大クビで北の大地へ
http://shukan.bunshun.jp/articles/-/4261
日本を貶め続ける「河野談話」という悪霊
http://www.ianfu.net/opinion/sakurai-yoshiko.html
白馬事件
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BD%E9%A6%AC%E4%BA%8B%E4%BB%B6
吉田清治 (文筆家)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%89%E7%94%B0%E6%B8%85%E6%B2%BB_(%E6%96%87%E7%AD%86%E5%AE%B6)#1990.E5.B9.B4.E4.BB.A3.E3.81.AE.E6.B4.BB.E5.8B.95
慰安婦にまつわる年表
http://www.ianfu.net/history/history.html
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