六丈記2

備忘録のようなもの

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

靖国神社の放火犯は中国人? 続報22

 10日程前、サーチナで劉強の記事が掲載された。北京青年報が報じた記事を新華社などの多くの中国メディアが転載したと報じ、記事の意図を過激な反日運動に対して興ざめさせようとしたのではと推測している。北京青年報が記事を出した7月7日は盧溝橋事件発生日で、中国で反日感情が高まる日に、劉強対して否定的な記事をわざわざ出したことに政治的意図を見たようだ。
 記事によると、「帰国当初は劉容疑者を『英雄視』する人も多かったが、『奇矯な反日行動』を繰り返すため、周囲ももてあまし、次々に離れたという。」とのこと。劉強のミニブログ(微博)「劉恕恩的微博」(「靖国神社の放火犯は中国人? 続報21」参照)からは、あまり賛同者がおらず、悲哀を味わっている様子がうかがわれるので、記事の通りなのだろう。

 サーチナの記事には、北京青年報の記事の要約も書かれており、帰国後の行動も書かれている。その部分を抜き出す。
**********************************
◆靖国放火犯のその後=「奇矯な反日行動」繰り返し周囲ももてあます・・・中国で盧溝橋事件の日に掲載◆
http://news.searchina.net/id/1536986
~略~
劉容疑者は上海に住む両親の家に戻った。上海市当局は「日本および韓国における行為」について、事情聴取を行った。両親は次第に劉容疑者を「つらよごし」、「面倒をおこして」とののしるようになった。
 劉容疑者は韓国での取り調べの際、病院に1カ月入院し精神鑑定を受けたという。「軽度の躁鬱症」との診断だったが、劉容疑者は精神状態と犯行の関係を否定した。劉容疑者は両親との折り合いが悪くなったため、広東省広州市に移り住んだ。
 反日運動は継続した。ただし暴力的方法については、2014年初に友人と話しあったことで「好ましくない」と考えるようになった。劉容疑者はピアノを弾け歌も歌える。書もたしなむので「芸術パフォーマンス」で自らの気持ちを表現する方法に切り替えたという。
 帰国してからは外国語教師、通訳、心理セラピストなどの仕事をしたが、劉容疑者の「個性が強すぎる」ため、働き先は次々に、劉容疑者との関係を絶った。そのため、過去半年は無収入という。
 広州市には、革命前の共産軍の理念を高揚する目的をもつ「新四軍後代合唱団」(新四軍は日中戦争時の共産軍部隊のひとつ。『後代』』は『子孫』の意)がある。劉容疑者は同合唱団に加わった。合唱団は当初、劉容疑者を「韓国帰りの英雄」として歓迎し、芸術総監督の地位につけた。しかし劉容疑者が「奇矯な行動」を繰り返すので、合唱団団長や副団長と「ケンカ」をするようになった。劉容疑者は合唱団にも顔を出せなくなった。
 結局は行き場所がなくなった。それでも単独で、「反日パフォーマンス」を続けている。
 背中に「精忠報国」と筆で大書きする。どのような方法かは不明だが、自分で書くので4時間はかかる。パフォーマンス時に着用するのは、広州戦士歌舞団の特製で、新四軍後代合唱団の出演用衣装でもある07式軍礼服だ。日本領事館が入居するホテル前で、自らが書いた「日本謝罪」、「中華崛起」などの文字を広げて見せ、大声で歌を歌う。軍礼服を脱ぎ、背中の文字を披露する。
 その後、ホテル内に「突入」しようとするが、阻止される。警備員らともみ合いになる。そして、やってきた警察官に引き渡される。警察は簡単な調書を作成するが、すぐに釈放する。毎度のことで警備員や警察官らとは「顔なじみになった」という。
 劉容疑者は、「この行動を通じて、民衆の愛国の熱情と自信を奮い起したい」と説明した。ホテル従業員は「私どもも、デモンストレーションには反対しませんがね。彼の行為はいつも、ちょっと過激です」と、眉をひそめた。
 記事は劉容疑者について、「愛国の勇士と強調する人もいる。非理性的な衝動にまかせているだけと非難する人もいる」と紹介。
 劉容疑者は1974年生まれだ。記事は「不惑の歳を過ぎたばかり。いまだ、ひとりで左に右に突き当たりながら、その意義を追い求めている」と評した。
~略~
**********************************

 「背中に『精忠報国』と筆で大書きする。」とあるので、調べてみると「中国男子談火焼靖国神社:点燃的不是仇恨的野火」という記事の中に画像が掲載されていた。
劉強の背中の文字

 キャプションには、「6月11日、劉強来到日本駐広州総領事館後脱下外套、亮出自己花4小時文出的『精忠報国』四字」とある。辞書を引くと、「文」の意味として「文字」「文章」「言葉」の他に「入れ墨をする」ともあるので、「文出」が「書いただけ」を意味するのか、「入れ墨を入れた」ことを意味するのか、よく分からない。上記記事からすると「書いただけ」なのかもしれない。
 キャプションを訳してみると、「6月11日、劉強は駐広州日本総領事館へ来た後にコートを脱ぎ、自分で4時間掛けて書いた模様である『精忠報国』の四字を出してみせた」となるだろうか。

////////////////////////////////////////////
中国男子談火焼靖国神社:点燃的不是仇恨的野火
http://www.yznews.com.cn/news/2014-07/07/content_5289825.htm
スポンサーサイト

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する
 

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。