六丈記2

備忘録のようなもの

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

尖閣諸島、返還直前の裏舞台

 日本新華僑報網が6月5日に尖閣諸島の主権についての評論記事を載せていたとヤフーニュースが掲載していた。
 
***日本が釣魚島主権の根拠をサンフランシスコ条約とするのは屁理屈に過ぎない―華字紙***
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130606-00000024-xinhua-cn
~前略~
 5月、中国の李克強総理はドイツを訪問した際、ポツダム会議の旧跡でスピーチを行い、「戦後の世界平和秩序は必ず守らなければならないものだ。日本はカイロ宣言とポツダム宣言で決められた原則に従い、窃取した中国領土を帰還しなければならない」と指摘した。これに対して日本の菅儀偉官房長官は「日本は中国側の主張を受け入れず、日本の立場にも影響しない。日本の領土は法的にサンフランシスコ条約で決められたものだ」と述べている。
 日本新華僑報網の評論記事によれば、日本がポツダム宣言を憚るのは公告の第8条が日本の主権範囲を限定するだけでなく、天皇がポツダム宣言を受け入れると表明した終戦の詔書で、日本が侵略戦争を否定する「自衛戦争論」「大東亜戦争解放論」についてはっきりと記述しているためだ。
 ポツダム宣言は「日本の主権は本州、北海道、九州、四国と、中国英国米国が決定するほかの小島に限る」としており、日本の主権範囲が釣魚島(日本語名称:尖閣諸島)を含まないと規定している。日本はポツダム宣言の法律的効力を否定するため、サンフランシスコ条約を後ろ盾に、その中の「米国による琉球受託管理」を「主権の根拠」としている。日本の理論では「米国の受託管理する琉球諸島」に釣魚島が含まれる。そのため、釣魚島は1970年代に沖縄と共に日本に「返還」されたというのだ。
 米国議会調査局は2012年9月25日、「釣魚島紛争:米国の条約義務」と題した報告書を公表し、「当時、釣魚島の管轄権を日本に渡したことは、主権の方向を意味するものではない」としている。米国務省の報道官は「われわれは釣魚島の主権帰属に関して特定の立場をとらない」との見解を示した。日本が釣魚島の主権の法的根拠をサンフランシスコ条約と指摘するのは、屁理屈に過ぎない。
(翻訳 李継東/編集翻訳 恩田有紀)

※日本新華僑報網
株式会社日本新華僑通信社(代表取締役  呉暁楽、東京都豊島区池袋2丁目)が運営するニュースサイト。主に日本のニュースを華僑や中国人に向けて中国語で発信しているメディア。
http://jp.jnocnews.jp/news/Newsinfo.aspx?id=73
************************************************************************************
 
 サンフランシスコ平和条約で、日本は尖閣諸島を放棄していないのは明白。サンフランシスコ平和条約には中華民国中華人民共和国も調印していないが、中華民国とはサンフランシスコ平和条約の発行直前に日華平和条約を締結している。日華平和条約でも尖閣諸島を放棄していないのはハッキリしている。
 そもそも、中華人民共和国が建国したのは1949年であるから、終戦時にはまだ存在しておらず講和条約に調印する資格が無い。
 
■サンフランシスコ平和条約
第二章 領域
第二条
(a) 日本国は、朝鮮の独立を承認して、済州島、巨文島及び欝陵島を含む朝鮮に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。
(b) 日本国は、台湾及び澎湖諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。
(c) 日本国は、千島列島並びに日本国が千九百五年九月五日のポーツマス条約の結果として主権を獲得した樺太の一部及びこれに近接する諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。
(d) 日本国は、国際連盟の委任統治制度に関連するすべての権利、権原及び請求権を放棄し、且つ、以前に日本国の委任統治の下にあつた太平洋の諸島に信託統治制度を及ぼす千九百四十七年四月二日の国際連合安全保障理事会の行動を受諾する。
(e) 日本国は、日本国民の活動に由来するか又は他に由来するかを問わず、南極地域のいずれの部分に対する権利若しくは権原又はいずれの部分に関する利益についても、すべての請求権を放棄する。
(f) 日本国は、新南群島及び西沙群島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。
 
■日華平和条約
第二条
 日本国は、千九百五十一年九月八日にアメリカ合衆国のサン・フランシスコ市で署名された日本国との平和条約(以下「サン・フランシスコ条約」という。)第二条に基き、台湾及び澎湖諸島並びに新南群島及び西沙群島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄したことが承認される。
 
 中国はサンフランシスコ平和条約に基づくと中国の領有権の主張が破綻するのを十分理解しているので、サンフランシスコ平和条約を無効にし、ポツダム宣言を根拠にしたいのであろうが、ポツダム宣言アメリカ合衆国大統領、イギリス首相、中華民国主席の名で出された対日共同宣言である。ポツダム宣言の受け入れを要求した中華民国が日本と平和条約を締結し、領土を確定しているのだから、中華人民共和国ポツダム宣言を理由に領有権の主張するのは理屈に合わない。
 記事では「日本の主権範囲が釣魚島(日本語名称:尖閣諸島)を含まないと規定している。」と、あたかもポツダム宣言で尖閣諸島が放棄される領土になっていると断言しているが、ポツダム宣言には尖閣諸島の名は一切出ていない。ただ、「カイロ宣言の条項は履行さるべきものとし、日本の主権は本州、北海道、九州、四国及びわれわれの決定する周辺小諸島に限定するものとする。」とあるだけだ。周辺小諸島に尖閣諸島が含まれていることはサンフランシスコ平和条約や日華平和条約で明らかである。
 それに、最近中国は「日本は第2次大戦の戦後秩序を守れ」などと盛んに言い出しているが、戦後秩序の基礎となっているのはサンフランシスコ平和条約である。中国がそのサンフランシスコ平和条約を否定するなら、戦後秩序を破壊しようとしているのは中国である。戦後秩序を守れと言うのなら、中国こそサンフランシスコ平和条約を尊重して、日本が尖閣諸島を放棄していないことを認めるべきであろう。
 
 記事の終わりに、アメリカが「当時、釣魚島の管轄権を日本に渡したことは、主権の方向を意味するものではない」「われわれは釣魚島の主権帰属に関して特定の立場をとらない」と表明し、アメリカが日本の主権を認めている訳ではないから、サンフランシスコ平和条約が法的根拠にならないと結んでいる。
 アメリカが日本の主権を明確にしていないから、尖閣諸島の主権は中国にあると言いたいのだろうが、アメリカは主権の問題に関わりたくないだけであり、中国の主権を認めている訳ではない。むしろ、アメリカは中国の主権を認めることは出来ない立場だ。もし、主権が中国にあったとすると、アメリカは沖縄返還まで不法占領していたことになるばかりではなく、尖閣諸島を射爆場と使っていたのだから、他国の領土を軍事攻撃していたことになってしまう。
 それに、中国台湾は尖閣諸島をアメリカが不法占領していると、当然すべき抗議をしていない。沖縄返還間近になって日本に返すなと主張していただけだ。
 そもそも、アメリカが沖縄などを統治していたのはサンフランシスコ平和条約第三条によって信託統治下に置かれ、施政権を持っていたためである。アメリカに主権が移っていた訳ではなく、主権は日本に有ったのである。沖縄返還は主権の返還ではなく、施政権の返還であったのである。

 アメリカが主権の問題を曖昧にするようになったのは最近のことではない。NHKが6日に放送した「ニュースウォッチ9」で沖縄返還時に尖閣諸島の主権に関わることが討議されていたと報道していた。

******尖閣諸島の日本返還巡る米の録音記録******
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130607/k10015132821000.html
 沖縄県の尖閣諸島がアメリカから日本に返還される直前、アメリカ・ホワイトハウスで交わされていた議論の録音記録が新たに見つかりました。日本への返還に反対する意見に対し、安全保障担当の大統領補佐官が反論する様子などが克明に記録されており、専門家は、返還に至る経緯を示す史料として注目しています。

 尖閣諸島は、1972年5月、沖縄本島などとともにアメリカから日本へ返還されました。今回見つかったのは、その前年の1971年6月、日米両政府が「沖縄返還協定」に調印する直前に、ホワイトハウスで行われた議論の録音記録で、早稲田大学の春名幹男客員教授が、アメリカの「ニクソン大統領図書館」で発見しました。
 議論のメンバーは、ニクソン大統領と安全保障担当のキッシンジャー補佐官、国際経済担当のピーターソン補佐官の3人です。
 議論ではまず、ピーターソン補佐官が「日本にとって尖閣諸島はそんなに重要なものなのか、最優先の重要事項と言えるのか」と、返還に反対する意見を表明します。
 発言の背景にあったのが、当時、アメリカが中国の正統政府として外交関係を持っていた台湾の存在です。アメリカは、台湾からの安い繊維製品の流入を食い止めようと、当時、輸出削減を求める貿易交渉を行っていました。その台湾が、尖閣諸島を日本に返還しないよう求めていたのです。
 補佐官は台湾を念頭に置いて、「大統領、繊維問題を解決するのは日本ではない、その周辺の国だ」と述べ、台湾の要求を受け入れれば、貿易交渉が進むと進言しました。これに反論したのが、安全保障担当のキッシンジャー補佐官で、「尖閣諸島は日本に返されるべきものだ。返還しなければ日本が自分のものだと思っている島を、繊維を巡る交渉をまとめるために台湾に与えるように見られてしまう」と述べます。さらに、尖閣諸島を含めた沖縄をアメリカの統治下に置くことを決めた1951年のサンフランシスコ平和条約に触れ、「条約に関して具体的な境界線を宣言したとき、われわれは尖閣諸島を含めたが、それに対し異議は出なかった。その時点で話に決着はついている」と述べ、最終的にニクソン大統領も、この意見を取り入れました。
 この議論の10日後の1971年6月17日、日米両政府は沖縄返還協定に調印し、尖閣諸島は沖縄本島などとともに日本に返還されることになりました。
 日米外交史が専門で東洋英和女学院大学教授の増田弘さんは「尖閣諸島の返還に関して、キッシンジャー補佐官が、日本への返還に決定的な判断を下していた経緯を示す貴重な史料だ」と話しています。
**********************************************
 NHKのサイトに掲載されているニュースには載せられていないが、放送では主権を曖昧にしたのは台湾に対する配慮が働いたためとのことだった。
 
 ニュースウォッチ9は新発見のように伝えているが、調べてみると2011年のNHKニュースで、外交文書が見つかったとして上記と同様の内容を放送していた。

米文書に尖閣諸島返還の経緯 投稿者 samthavasa 
 NHKニュースでは録音記録には触れていないが、2012年10月7日に放送された「報道STATION SUNDAY」でこの録音記録のことを既に取り上げていたようだ。
 「テレビにだまされないぞぉ」というブログの「米 “極秘資料”に見る尖閣 固有の領土…知られざる“暗闘” (キッシンジャー・ニクソン・ピーターソン) 【報道STATION SUNDAY】」に放送内容がアップされている。読んでみるとこちらの方がニュースウォッチ9の放送より詳しい。
 報道STATION SUNDAYでは「テレビ朝日がアメリカで独自に入手した音声記録」としているが、どの報道も情報源は春名幹男客員教授だろう。
 
 どの報道でも繊維交渉の話が出てくるが、始まりは共和党の大統領候補の指名を受けたリチャード・ニクソンが繊維産業の中心地のノース・カロライナ州で、「繊維製品に関する国際貿易は一方的でアメリカの繊維産業が損害を受けている。ジョンソン政権はアメリカ市場を解放するばかりでなく、多くの国が障壁を築いているのを容認している。私の政策はこのような不公平な状態を是正する。」というようなことを公約したことだった。大統領選挙のために、民主党の牙城であった南部の票を狙ったものだった。
 この発言の背景にはアメリカ市場に安価な輸入繊維製品の増加していたため、アメリカ繊維産業業界が不満を持ち、輸入制限を主張していたことにある。
 ジョンソン政権は実態調査をしたが、報告書の内容は下記の通りだったので、自由貿易の堅持していたのである。
米国繊維産業はかつてない急成長を果たした
●国内他製造業に比べても繊維産業の企業利益は大きい
●安価な輸入品は低所得者の必需品購入を助けている
●輸入により、特定の製造業者の利益や雇用に影響が生じたという資料は得られなかった
 
 1969年に大統領に就任したニクソンは、アメリカの貿易政策の基調は基本的に自由貿易であるが、繊維だけは特別であると発言。5月にモーリス・スタンズ商務長官が来日し、自主規制を要請。7月の日米貿易経済合同委員会を切っ掛けにして本格的な日米繊維交渉が開始した。日本側はアメリカの提案は自由貿易の理念に反するものであり、もしアメリカの繊維業界が日本などから輸入増により被害を受けているのであれば、ガットの規定で対応すべきだと反論していたが、アメリカ側はあくまでも日米政府間での繊維協定の締結を迫っていた。
 1969年11月の日米首脳会談で沖縄返還が合意されたのだが、この時、佐藤首相はニクソン大統領に対米繊維輸出の自主規制を密約していた。(2012年に規制条件を記したとされる文書が確認されている)
 1970年6月、宮沢喜一通産大臣とスタンズ商務長官の会談で、日本側が1年間の暫定自主規制を主張したのに対し、アメリカ側は5年間の自主規制を主張し、交渉は決裂。
 1971年3月、日本の繊維業界はアメリカ下院のミルズ歳入委員長の年5%の伸び率の総枠規制という提案を受け入れ、韓国台湾、香港と同時に実施するという条件つきで、自主規制を受け入れる。だが、ニクソン大統領は納得せず、一方的に日本製品の輸入規制に踏み切る強行姿勢を示した。
 アメリカ側は4ヶ国政府に協定の締結を強く迫っており、日本側は潮時と判断し、繊維業界の損失を補填する方針に転換。1972年1月に日米繊維協定に調印したことにより決着をみる。
 
 一方、米台の繊維交渉も難航していた。台湾側は輸出高が日本に比べ非常に少ないので日本方式の自主規制はできないと述べていたが、1971年6月に繊維交渉を開始する。台湾の行政院会が対米繊維輸出自主規制に関するアメリカ提案を拒否したり、ジューリック米大統領特使との交渉が物別れに終るなど難航するが、アメリカが一方的な措置をとる前に台湾側が対米繊維輸出規制を開始。
 1971年12月30日、米台繊維協定調印。綿製品および非綿製品に関する2つの米台繊維協定がワシントンで調印された。両協定は最初3年間が平均対米輸出伸び率を9.5%とし、協定期間は5年間とされた。
 
 アメリカは制裁措置をちらつかせて日台を屈服させた形だが、強硬姿勢ばかりではなかった。日本には沖縄返還を、台湾には尖閣諸島の主権を曖昧にするということを取引材料に使っていた。
 ニクソンの大統領になりたいという野望が貿易摩擦を政治問題化させ、尖閣諸島が返還されない危険性があったことを忘れてはならない。

 
///////////////////////////////////////
米文書に尖閣諸島返還の経緯
http://www.dailymotion.com/video/xkxunm_%E7%B1%B3%E6%96%87%E6%9B%B8%E3%81%AB%E5%B0%96%E9%96%A3%E8%AB%B8%E5%B3%B6%E8%BF%94%E9%82%84%E3%81%AE%E7%B5%8C%E7%B7%AF_news
 
テレビにだまされないぞぉ
米 “極秘資料”に見る尖閣 固有の領土…知られざる“暗闘” (キッシンジャー・ニクソン・ピーターソン) 【報道STATION SUNDAY】
http://dametv.cocolog-nifty.com/blog/2012/10/post-3de0.html
 
米中冷戦と日本: 激化するインテリジェンス戦争の内幕
http://books.google.co.jp/books?id=iXPG6CckcOwC&pg=PT28&lpg=PT28&dq=%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E3%80%80%E5%8F%B0%E6%B9%BE%E3%80%80%E7%B9%8A%E7%B6%AD%E4%BA%A4%E6%B8%89&source=bl&ots=IIV9wpJXom&sig=iPXOcC2KHMQIYslBDw6LNwd25GA&hl=ja&sa=X&ei=xkOzUYuYMcvCkQXgtIGoDQ&ved=0CDgQ6AEwAg#
 
日米繊維交渉
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E7%B1%B3%E7%B9%8A%E7%B6%AD%E4%BA%A4%E6%B8%89

 

スポンサーサイト

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する
 

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。