六丈記2

備忘録のようなもの

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石川代議士が辞職、宗男の娘が繰り上がり当選

 石川知裕衆議院議員が辞職した。先週、後援会の拡大役員会で「どうしても罪を認められない」「職を辞さなくてはならない」「検察のでっち上げに断固闘う。自分の義を貫きたい」「もう1回、(有権者に)信を仰げるような戦いをしていきたい」と述べ、記者会見で辞職理由を「夏の参院選は大きな戦い。(裁判を抱えたまま)大地唯一の国会議員として、先頭に立つ旗振り役にふさわしいか。大地に迷惑を掛けないよう職を辞するのが適当だと判断した」と説明し、辞職願を提出していた。
 年内は新党大地の党員資格があるので党員として残り、来年以降は裁判の結果も踏まえ、新党大地の鈴木宗男代表、民主党十勝、連合と協議するとのこと。後援会は存続して活動するそうだ。
 
 国会議員のままでいることが、何故、新党大地に迷惑を掛けることになるのか。裁判が継続中とか有罪判決が下ったということなら、昨年末の総選挙も同様だった。辞職理由を聞いて納得したという人はほとんどいないだろう。
 石川代議士は過去3度総選挙に出馬(北海道11区)し、とりあえず当選している。
2005年  84626票 民主 繰上り当選
2009年 118655票 民主 選挙区当選
2012年  70112票 大地 比例復活当選
 自民党に強い追い風が吹いた時でも、7万票以上獲得している。昨年末の総選挙の北海道ブロックで新党大地は346848票獲得したが、候補者の中で石川代議士の貢献が一番大きかったと思われる。その石川代議士が姿を消すということは、参議院選挙(北海道選挙区)でマイナスになることは明らかだ。
**2012選挙区の得票数**
清水宏保  44845
町川順子  31024
苫米地英人 25778
鈴木貴子  51051
浅野貴博  39818
石川知裕  70112
松木謙公  52976
合計   315604
***************
 
 石川代議士は生活の党・小沢一郎代表にも相談していたことを打ち明けている。小沢代表には上告の取り下げを勧められたとのこと。判決を確定させて、公民権停止(3年間)を早く済ませ、将来の総選挙に備えろとのことだが、それは有罪になって議員辞職をしろとのことだ。小沢代表の事件で石川代議士は追い詰められているのに冷たいものだ。
 石川代議士は外堀を埋められ、今後を考えると議員辞職せざる得なかったのだろう。しかし、身の潔白を訴える石川代議士には国会議員の職は捨てられても、前科者の烙印を押されるのは受け入れられなかったようだ。それでも、議員辞職をしたのだから、これからは小沢代表が石川代議士の面倒を見るのだろう。
 
 比例区で復活当選した石川代議士の辞職により、鈴木宗男代表の娘である鈴木貴子氏が繰り上げ当選になる。
 鈴木宗男代表は昨年の2月に「月刊 財界さっぽろ」で「松木さんだけではなく、道11区の石川知裕さんも、鈴木宗男、新党大地後援会抜きに語れないでしょう。私と2人との信頼関係は極めて強固です。この松木さん、石川さんに私の後継である浅野貴博君を加えた3人は、北海道の将来を担う政治家〝三羽がらす〟だと思っています。松木さんも石川さんも浅野君も、これから20年、30年と活躍できる政治家です。私が「新党大地・真民主」の代表となり、3人を支えながら新しい政治の流れを北海道からつくっていきます。」と語っていたのに、娘を代議士にするためにゴリ押しをした。娘を出世させたいというのもあるだろうが、自分の公民権停止が解けるまで娘に自分の地盤(北海道7区)を守らせ、また代議士に復帰するつもりなのだろう。
 
 繰り上げ当選になる鈴木貴子氏は、2005年の衆議院議員選挙の時、鈴木宗男氏の選挙活動を応援するためにカナダから一時帰国(当時19歳)して、演説している様子が報道されているので、以前から鈴木宗男の娘だということは有名だった。ちなみに、鈴木貴子氏が未成年だったことから選挙違反の嫌疑が掛けられていた。
 選挙報道で有名になった鈴木貴子氏だが、鈴木宗男の娘という以外は知られていない。公式サイトのプロフィールを見てみると、こうなっている。
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■名前  鈴木たかこ(すずき たかこ)
■年齢  26歳
■北海道教育大学教育学部附属釧路小卒
■カナダ・オンタリオ州のトレント大卒
NHKでのディレクターを経て、松山千春氏と地元後援会の強い後押しで出馬を決意
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 昨年末の総選挙の時に公開されていたプロフィールもこの程度のものだった。学歴が小学校と大学しか記載されておらず、不自然だ。そこで、もう少し詳しく調べてみた。
1986年1月5日:帯広で誕生
1995年4月:帯広市立柏小学校から北海道教育大学教育部付属(釧路)小学校4年生へ転入
1998年4月:東京都港区立青山中学校入学
2001年3月:同校卒業。
2001年9月:カナダ・リティッシュコロンビア州ロックリッジ高校入学(高校2年生のみ、同学区にあるウエストバンクーバー高校に在学)
2004年9月:カナダ・オンタリオ州トレント大学国際政治経済学部および社会学部入学
2008年6月:同大卒業
2009年4月:NHK入局(長野放送局で番組制作ディレクタ)
2012年11月:NHK退職
 
 鈴木宗男氏は故・中川一郎代議士の秘書を務めていたが、中川一郎代議士の死去により、1983年に中選挙区時代の北海道5区(十勝支庁、釧路支庁、根室支庁、網走支庁など)から無所属で出馬し、初当選している。練馬区石神井町にも住宅を持っていた(秘書時代に取得)が、選挙に弱かったため、家族は帯広で地盤を守っていた。その帯広で鈴木貴子氏は生まれた。
 1994年に小選挙区比例代表並立制の法案が成立(実施は1996年の衆院選から)すると、鈴木宗男氏は13区(現在の7区)に国替えになる。よって、家族は帯広から釧路に引っ越しすることになったため、鈴木貴子氏は転校。
 1997年、鈴木宗男氏は北海道開発庁長官・沖縄開発庁長官として初入閣。翌年の6月に練馬区石神井町の土地と自宅を売却し、港区南青山に宅地を購入して3階立ての住宅を建築。費用は約1億5千万円だったが、後に政治資金から3600万円を流用していたことが発覚する。娘が名門校の青山中学に進学したことが転居の理由の一つだったのかもしれない。
 1998年、鈴木宗男氏は内閣官房副長官に就任。野中広務氏が党内で力をつけると共に、権勢を振るい、絶頂期を迎えるが、2002年2月に数々の疑惑が浮上する。3月には証人喚問され、自民党を離党。鈴木貴子氏は高校より海外留学を始めているが、鈴木宗男氏の疑惑が追求される半年前のことなので、父親の騒動とは関係ないようだ。何故、高校から留学をしたのか不明だが、父が鈴木宗男氏(あの容姿であの性格の上に悪徳政治家のイメージが強かった)だったので、鈴木貴子氏は学校で肩身の狭いおもいをしていたのではなかろうか。だから、日本から離れたかったのかもしれない。
 疑惑が浮上した後の鈴木宗男氏について簡単に書き出す。2002年6月に逮捕。議員辞職勧告決議が可決されても辞職しなかったが、解散により2003年10月に失職。2004年の参議院選挙にで無所属で出馬するも落選。2004年11月、地裁で有罪判決。2005年に新党大地を結成し、代議士に復帰。2008年2月、高裁で控訴棄却。2009年、民主党政権下で国会の外務委員長に就任。2010年9月、最高裁で上告棄却、有罪確定で失職。2010年12月、収監。2011年12月、仮釈放。
 鈴木貴子氏がNHKに入局した経緯は分からないが、鈴木宗男氏が新党大地代表として復権していた頃だ。国会議員の身内がNHKに就職している例は多数ある。松岡利勝の息子は松岡浩昌アナウンサーであるし、山岡賢次の息子の山岡達丸前代議士は記者だった。片山虎之助、久間章夫、高村正彦、石川要三、柿沢弘治、田野瀬良太郎、上杉光弘などにも身内がNHKに就職しているようだ。NHKと国会議員は浅からぬ縁ということか。
 
 前述のように、中川一郎代議士の急死を切っ掛けとして、鈴木宗男氏は国会議員の道を歩みことになる。中川一郎の後継者として実子の故・中川昭一氏が担ぎ出されたのだが、中川の金庫番と言われていた秘書の鈴木宗男氏が強引に出馬した。「世襲には反対だ。後継は鈴木宗男だ」と言っていた中川一郎氏の遺志に従ったと鈴木宗男氏は言うのだが、本当のところは分からない。ただ、中川一郎氏の宗男殴打事件や鈴木宗男氏の参議院出馬の件を考えると後継とするだろうかという思いはある。
 選挙(北海道第5区 5人区)では、当然、中川昭一氏と鈴木宗男氏が中川一郎代議士の地盤の争奪戦になり、骨肉の争いと呼ばれた。中川昭一氏には同情票が集まったが、鈴木宗男氏は「中川は鈴木が追いつめたから自殺した」と非難を浴びた。結局、双方とも当選するのだが、中川昭一氏はダントツのトップ当選、鈴木宗男氏は4位当選に甘んじた。その後の選挙でも中川昭一氏はトップ当選を続け、鈴木宗男氏は下位当選だった。
 上記のような事情があり、鈴木宗男氏は「バッヂを付けたのは自分の力と思っているところに、世襲の甘さ、おごりがあるのではないか。」「国会議員の職は私有財産ではない。公の立場である。階級社会にしてはいけない。」「世襲の制限については、民主党がいち早く方向付けをしているが、私は制限があって当然と考える一人である。」などと語り、世襲批判の急先鋒だった。しかし、鈴木宗男氏の世襲批判は世襲による弊害に危機感があった訳ではなく、政敵だった中川昭一氏に対する当て擦りでしかなかった。その証拠に昨年末の総選挙に長女を出馬させている。
 世襲批判の急先鋒であった鈴木宗男代表の娘が父の地盤から出馬したのであるから、当然批判は免れない。それに対し、鈴木貴子氏は「父が鈴木宗男なのは紛れもない事実だが、政治家鈴木貴子の父や母は7区の皆さんだ」「父に頼まれたら断るつもりだったが、後援会の方々の要請だったので決断した」と説明し、「育ててもらった皆さんに恩返ししたい」と述べていた。有力支援者の松山千春氏も「どこの家に生まれても政治家になったであろう人間」と擁護していた。
 ここでプロフィールを見返して欲しい。鈴木貴子氏がこの選挙区の地域に住んでいたのは小学校4年から6年までの3年間だけだ。「父や母は7区の皆さん」とか「育ててもらった皆さん」と言っているが、26年の人生の中でこの地域にいたのは、たった3年だけ。それでよく「育ててもらった」なんて言えるものだ。総選挙のプロフィールに態々小学校卒を入れ、他は大学しか記載していないのも、釧路で育ったと思わせたいためだろう。不自然になる訳だ。
 鈴木貴子氏は後援会の要請だったから出馬したと言っている。アイドルの後援会ではないのだから、政治家の後援会は本人に無断で勝手に作られる訳は無い。政治家になりたい(選挙に出たい)という本人の意思の下、後援会が作られるのだ。だから、鈴木貴子後援会が出馬要請したというなら、後先が逆になる。つまり、鈴木貴子氏が言う後援会とは父の鈴木宗男後援会のことなのだろう。父の後援会が鈴木宗男氏を担げなくなったから、代わりに娘を担ぐ。典型的な世襲の構図だ。
 政治家の世襲批判をしていた鈴木宗男氏は新党大地の代表なのだから、新党大地から娘の出馬を認めるべきではなかった。少なくとも父の地盤からは出馬させてはならなかっただろう。鈴木宗男代表は娘の出馬について有権者に説明すべきだが、ダンマリを決め込んでいる。世襲批判をかわしたいなら、釧路より長く住んでいた東京や長野からでも出馬したら良かったのだ。
 
 父母、義父母、祖父母のいずれかが国会議員、または三親等内の親族に国会議員がいて同一選挙区から出馬した候補を「世襲」と定義すると、昨年末の総選挙に出馬した候補者の世襲割合は9.6%だった。政党別にすると次のようになる。
自民党 26.4%
民主党 7.9%
新党大地 28.6%
日本維新の会 7.6%
みんなの党 8.7%
日本未来の党 7.4%
共産党、社民党国民新党 0%
 新党大地が最も高い。新党大地の世襲候補は苫米地英人氏と鈴木貴子氏の2人だけだが、全候補者が7人と少ないため、この様な結果になった。それにしても、世襲批判の急先鋒だった人物が代表を務める党が最も世襲率が高いとは。皮肉なものだ。


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石川議員が辞職表明
http://www.tokachi.co.jp/news/201305/20130517-0015605.php
新党結成だ!政治は弱い人のためにある」不屈・鈴木宗男激白60分
http://www.zaikaisapporo.co.jp/kigyou/intervew/116.shtml
鈴木たかこ
http://www.suzukitakako.jp/
注目の鈴木貴子、詳細プロフィール
http://www.zaikaisapporo.co.jp/news/topics.php?mode=list&month=2012-11
ムネオ日記
http://www.daichi.gr.jp/html/diary200904.html
自民、4人に1人が世襲=全体では1割弱【12衆院選】
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201212/2012120500311&g=pol
 

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