六丈記2

備忘録のようなもの

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国防相交代、北朝鮮人民軍内の権力闘争?

 金正日死去し、金正恩に権力が移譲されてから、朝鮮人民軍の人事が安定していない。
 主要ポストである総政治局長、人民武力部長、総参謀長の推移を振り返ってみる。
■総政治局長
2011年12月:空席(金正角第1副局長が代行)
2012年 4月:崔竜海 1947年生
■人民武力部長
2011年12月:金永春 1936年生
2012年 4月:金正覚 1941年生
2012年11月:金格植 1940年生
2013年 5月:張正男 50代?
■総参謀長
2011年12月:李英浩 1942年生
2012年 7月:玄永哲 生年不明
 
※2011年12月、金正日の国葬を実施
※2012年4月、金正恩が国防委員会第1委員長に就任
※2012年11月、人民軍に対する大規模な検閲があったとされる
 
 
 金正日の国葬で霊柩車に付き従った軍人4人(李英鎬、金永春、金正覚、禹東則)が全員失脚している。この4人は金正日が金正恩の後見役として起用した軍人だ。
 金永春は党への転出なので勇退なのだろうが、後継体制作りのために人民軍を掌握力しするとみられていた李英浩は全ての役職から解任された。禹東則(国家安全保衛部第1副部長)は金正恩体制が発足する前に姿を消した。金正覚は金正恩の最側近とされていたが11月に姿を消した。
 李英鎬の解任は党と軍によるドル資金源の争いに敗れたとの説もあるが原因はよく分からない。
 禹東則と金正覚の失脚は金正日の死後から4月までの間に行われた人民軍に対する粛正が原因になっているのではないか。金正覚を中心に禹東則とチョ・ギョンチョル(保衛司令官)の「死の3人組」と呼ばれた3人が人民軍に対して大規模(数百人)な粛正を行ったので、11月の人民軍内の検閲はそれに反発した金正日派軍幹部の巻き返しではないだろうか。この検閲で、金正恩の最側近とされる金正角が消えただけではなく、金正恩の側近の金英哲(偵察総局長)と玄永哲(総参謀長)、張成沢の最側近の崔竜海(金正恩体制下で最も昇格した人物とされる)が降格させられ、金正日時代に総参謀長を務めた金格植が人民武力部長になっている。
 11月の検閲で降格させられた崔竜海や金英哲は、今年2月に元の階級に復帰しているのが確認されている(玄永哲は不明)ので、金正恩派の復権があったのだろう。金格植の人民武力部長解任は若返りを図ったとの見方もあるが、金正恩派の反撃だったのかもしれない。
 
 人民軍内では旧体制派と新体制派が権力闘争をしているようにみえるが、本当のところは分からない。
 先日、若い女性交通警察官が「共和国英雄」の称号を授与されたと発表されていた。「思いがけない状況のなか、革命の首脳部の安全を命懸けで守った」とされ、様々な憶測を呼んでいる。もしかしたら、金正恩が暗殺者に襲われ、一緒にいた金格植は殺害されたが、金正恩は女性警察官が救った、ということかもね。
 

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