六丈記2

備忘録のようなもの

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

【春の甲子園開幕】来年は台湾からの参加も考えてみては

 選抜高等学校野球大会(センバツ)、通称「春の甲子園」が昨日から始まりました。今大会は85回目で、36校(東北絆枠1、21世紀枠4)が参加しているとのことです。
 
 センバツは「選抜中等学校野球大会」の名称で「全国中等学校優勝野球大会(後の全国高等学校野球選手権大会、通称『夏の甲子園』)」から遅れること9年、1924年に8校が参加して、第1回大会が開催されました。1942年から1946年の間は戦争のために中断しましたが、戦後は現在の名称に変え、今日まで毎年開催されています。
 通称「春の甲子園」と呼ばれていますが、第1回大会は名古屋市の山本球場(後のJR東海八事球場)で開催されており、甲子園で開催されるようになるのは第2回大会からです。
 
 戦前は台湾からも出場校があり、第7回(1930年)と第10回(1933年)に台北一中が、第12回(1935年)に嘉義農林が出場しています。北海道の学校が初出場(北海中)したのが第15回大会からですから、台湾からは随分早くから出場していました。
 「夏の甲子園」の方は台湾以外に、朝鮮、満州からも出場校がありましたが、センバツには朝鮮、満州の学校は出場していません。
 ちなみに、台湾からの出場校の戦績は下記の通りです。
第 7回(出場校16):台北一中 準々決勝敗退(1勝1敗)
第10回(出場校32):台北一中 1回戦敗退(1敗)
第12回(出場校20):嘉義農林 2回戦敗退(1敗)
 
 今春はWBCで野球が盛り上がりました。特に日本VS台湾戦は名勝負で、両国民に感動を与え、両国民の友好に役立ったと思います。
 そこで提案なのですが、来年のセンバツに21世紀枠で台湾の高校を招待するというのは如何でしょうか。来年のセンバツは90周年になるので、「先輩達が作り上げてきたセンバツの歴史を振り返える」「野球を通じ、国を超えて、若者達の相互理解と友好を深める」という意味でも良い案だと思うのですが。
 もっとも、台湾側が招待を断ることも考えられます。ですが、台湾側は断らないのではないでしょうか。15年前には嘉義農林のOBが監督だった故・近藤兵太郎氏の墓参りのために松山市を訪れるということもありましたし、台北一中(現・台北市立建国高級中学)は馬英九総統の出身校(建国高中を卒業)ということも参加を後押しするでしょう。
 台湾の高校が出場となると、韓国も出場させろと言ってくると思いますが、「過去に出場経験の無い」ということで、ご遠慮願いましょう。
 
 センバツの主催者は毎日新聞ですから、台湾の高校が出場することは望み薄でしょう。実現したら面白いと思うのですが。
 
 蛇足ながら、「夏の甲子園」には第7回大会(1921年)から朝鮮(釜山商業)と満州(大連商業)が参加し、第9回大会(1923年)から台湾(台北一中)が参加しています。この3地域は戦争で中断となる前の第26回大会(1940年)まで、毎年出場していました。
 「夏の甲子園」では、満州と台湾のチームは好成績を残しており、第12回大会で大連商業(満州)が準優勝、第15回大会で台北一中(台湾)がベスト4、第17回大会で嘉義農林(台湾)が準優勝しています。
 
///////////////////////////////////////
公益財団法人 日本高等学校野球連盟
http://www.jhbf.or.jp/

朝日新聞デジタル> 高校野球> チーム・学校検索
http://www.asahi.com/koshien/hs/

後輩ら監督を墓参
http://blog.goo.ne.jp/ainunews/e/4463a56c0695788905c3bcd89aef8703

全国高校野球歴代優勝校
http://www.fanxfan.jp/bb/yusho.html

スポンサーサイト

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する
 

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。