六丈記2

備忘録のようなもの

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建国記念の日の「の」

 本日は「建国記念の日」です。内閣府によると、「建国記念の日」は「建国をしのび、国を愛する心を養う」祝日なのだとか。建国を祝うだけではなく、愛国心を養う日だったのですね。
 
 ところで、何故「建国記念日」 ではなく、間に「の」が入るのでしょうか。「憲法記念日」には「の」が入らないのに。
 その理由は根拠となる日付が明確かどうかによります。
 「△△日」の場合は根拠となる日付が明確です。例えば、「憲法記念日」は現行憲法の施行日ですし、「天皇誕生日」は天皇の誕生日です。
 一方、「△△の日」の場合はある事象を祝うために定めた日です。例えば、「敬老の日」は老人を敬う日ですが、敬老に発祥となる日はありません。ですから、適当な日を定めて祝うことにしたのです。
 「建国記念の日」も同じです。日本は建国宣言をして、発祥した国ではありませんから、何をもって建国とするかは議論のあるところでしょうし、そもそも、有史以前のことですから、月日を特定するのは無理です。なので、「△△の日」との表現になるのです。
 
 現実の建国の月日は不明ですが、2月11日が建国を記念する日に定められています。何故、2月11日なのでしょうか。実は終戦前、この日は「紀元節」と呼ばれていました。紀元節は、明治政府が初代天皇の神武天皇の即位をもって建国とみなし、日本書紀の記述から推定して即位日を2月11日としたのです。
 「日本書紀」卷第三には「辛酉年春正月庚辰朔、天皇即帝位於橿原宮。是歳爲天皇元年、尊正妃爲皇后。」【辛酉(かのととり)の年の春正月の庚辰(かのえたつ)の朔(ついたち)、天皇は橿原宮において帝位についた。この年をもって天皇元年とし、正妃を尊んで皇后とした。】との記述があり、これをグレゴリオ暦に換算すると、紀元前660年2月11日が神武天皇即位日になるそうです。
 BC660年はまだ弥生時代前期です。大和朝廷成立は3世紀前後と考えられていますから、900年弱の開きがあります。現実的に考えると、日本書紀のこの記述は信頼性に欠け、事実ではないという結論にならざるえません。ですから、2月11日が即位日というのも信頼できないでしょう。
 
 ちなみに、終戦前までは、BC660年は「神武天皇即位紀元」(皇紀)と呼ばれていましたので、これが紀元節の名前の由来になったのではないかと思われます。
 戦後、GHQの意向で紀元節は廃止され、皇紀も公文書から消えました。今では、皇紀は一部の人達にしか使われていませんが、今年2013年は2673年です。2673を逆から語呂合わせで読むと「みなむに(皆、無に)」となり、「全て無くなる」という意味になりますが、逆から呼んでいるので意味も逆になると考えると、案外、験がいい年なのかもしれません。経済にも明るい兆しが見えてきたことですし。
 
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国民の祝日」について
http://www8.cao.go.jp/chosei/shukujitsu/gaiyou.html
建国記念の日
http://iroha-japan.net/iroha/A02_holiday/03_kenkoku.html

 

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