六丈記2

備忘録のようなもの

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「日本解放第二期工作要綱」3

 ウィキペディアによると、日本解放第二期工作要綱は國民新聞の昭和47年8月特別号に、西内雅氏が入手したものであるとして、その和訳が掲載されたとのこと。
 西内氏の著書等では「文化大革命により大陸から脱出して来た中国人に教えていた際の1972年、文書『日本解放第二期工作要綱』を生徒から提供された」としたり、「アジア諸国を歴訪中の1973年に入手した」(掲載された昭和47は1972年なので、1973年に入手というのは明らかにおかしい)としたりしているらしい。入手経路が不明な上に、中国語の「原文」は公表されておらず、原本の存在も確認されていないようだ。
 西内氏は皇国史観を持つ思想家で、戦前は陸軍士官学校嘱託教官や内閣総力戦研究所所員(思想担当教官)等を歴任し、終戦時は陸軍省兵務局思想班長だったらしい。戦後は幾つかの国内大学の教鞭をとった後、淡江大学(台湾)でも教官となり、1975年頃までの10年間、香港で日本語学校を経営している。この経歴をみると、思想工作について精通していたばかりでなく、戦後も諜報活動に携わっていたのではないかと思わせるほどだ。
 
 日本解放第二期工作要綱が掲載された1972年には下記の出来事があった。
2月:ニクソン米大統領訪中。国交正常化の共同声明。
5月:佐藤派から田中派が分離独立。
7月:田中角栄が総理となる。
9月:日中国交正常化。
 この政治的出来事から分かるように、1972年は、中ソ対立で社会主義陣営の中で孤立しつつあった中国が資本主義陣営である日米と劇的に関係改善をした年であった。日本では、三木武夫氏が日中国交正常化を条件に田中支持に回り、親台派の佐藤首相が退陣して、田中首相が誕生。この前年にはピンポン外交やキッシンジャー極秘訪中もあった。中国共産党の西側工作が活発化していた時期であり、反共主義者や親台湾派にとっては危機感を抱いていたに違いない。
 
 日本解放第二期工作要綱に目を向けると、「田中内閣成立までの日本解放(第一期)工作組は、事実でこの教えの正しさを証明した」(B 工作主点の行動要領/第二 マスコミエ作)、「一九七二年七月の現況で言えば、自民党の両院議員中、衆議院では約六〇名、参議院では一〇余名を獲得して」(B 工作主点の行動要領/第三 政党工作/(一)運合政府は手段)と書かれている。
 この記述から、この工作要綱が書かれた時期は田中内閣成立以降だということが分かる。田中内閣発足は7月7日だから、それ以降ということだ。この工作要綱が掲載された國民新聞昭和47年8月特別号の発効日を調べても分からなかったが、田中内閣発足から1ヶ月前後というところだろう。もし、西内氏が香港の日本語学校生徒の中国人から入手したとすると、1ヶ月あまりの間に次の事が起きていたことになる。
●中国のスパイ機関(北京所在?)の担当者が工作要綱の作成を開始する。
●工作要綱が完成し、機関承認されたもの、若しくは未承認のものが流出。
●香港の日本語学校生徒の中国人に渡る。
●西内氏に渡り、翻訳される。
●西内氏が國民新聞に持ち込み、掲載交渉。
●記事原稿の作成。
●新聞の印刷、発行。
 工作要綱の作成にはそれなりの時間が必要だろうし、流出したものがどの様な経路で香港の中国人に渡ったのか不明だが、これにもそれなりの時間が掛かるだろう。西内氏の説明だと、時間的に困難ではないか。
 また、この工作要綱にはパンダについて書かれていない。日中共同声明の調印後の記者会見(9月29日)でパンダの贈呈が発表され、カンカンとランランが10月28日に来日。空前のパンダブームを起こし、中国に対する好感度が高まった。中国共産党のパンダ外交は1957年(ソ連へ贈呈)から始まり、この年に訪中したニクソン大統領にもパンダが贈呈(シンシンとリンリン)されている。中国はパンダを相手国の国民に好感を持たせる道具として積極的に利用しており、パンダ贈呈の重要性を十分理解している。工作要綱には工作手段が細かく書かれているため、パンダ贈呈に関することも書かれて然るべきだ。それなのに、全く触れられていないのは不自然だ。
 
 「入手経路が曖昧なこと」、「原文や原本を公表することは、信憑性を増し、不都合があるとは思えないのに公表されていないこと」、「西内氏の経歴からすると、この種の文章を作成する能力を十分持っていたと思われること」、「反共だったであろう西内氏は当時の政治状況に危機感を持っていたと推測されること」、「中国のスパイ機関から流出したとすると、掲載までの期間が短く、時間的に困難と思われること」、以上を考慮すると、西内氏が当時の社会状況を加味しながら、でっち上げた(作成した)と考えるのが妥当だろう。西内氏は日本解放第二期工作要綱を書くことで、日中国交正常化を阻止したかったのかもしれない。
 
 スイス政府が発行している「民間防衛」という本には敵国の情報戦がどの様に行われるか書かれていて、内容的に「日本解放第二期工作要綱」と類似する部分も多い。情報戦では工作要綱に書かれているようなことが行われるのが、一般的なのだろう。「日本解放第二期工作要綱」は偽書だろうが、情報工作の手口を知るには参考になる。実際、中国は公的語学機関の孔子学院を海外に設置したり、民主党の議員を大量に招待したりしている。
 この工作要綱が嘘だからといって、中国が情報工作を行っていなかったことにはならない。中国はここに書かれているようなことを行っていて、今も続いているのだと思う。ただ、日本で情報工作を行っているのは中国に限ったものではないだろう。北朝鮮韓国ロシアアメリカ・・・、日本に利用価値を認め、能力のある国は行っていると、日本人は頭の片隅に入れておかなければならないのではないか。
 
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日本解放第二期工作要綱
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%A7%A3%E6%94%BE%E7%AC%AC%E4%BA%8C%E6%9C%9F%E5%B7%A5%E4%BD%9C%E8%A6%81%E7%B6%B1
西内雅
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E5%86%85%E9%9B%85
スイス政府「民間防衛」に学ぶ
http://nokan2000.nobody.jp/switz/index.html
解説に挑戦!~スイス民間防衛に学ぶ~
http://www.youtube.com/watch?v=tUuxd4ESpsc
 

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