六丈記2

備忘録のようなもの

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正倉院御物の瑠璃杯はどこで作られた?

 10月27日から奈良国立博物館において、「第64回正倉院展」が開催されている。目玉は瑠璃杯(るりのつき)と呼ばれるグラスらしい。読売新聞社が特別協力をしているためだろう、10月31日の朝刊の文化面に正倉院展と瑠璃坏を取り上げた記事(第64回正倉院展に寄せて 関根俊一)が掲載されていた。所謂、「自社物」と呼ばれる、自社が関係した催し物を宣伝する記事だ。
 ところが、ネットサーフィンをしていると、催し物と無関係のはずの韓国のハンギョレ新聞も正倉院展と瑠璃杯を取り上げているのを知った。
 興味深いので、それぞれの記事を書き出してみる。
 
*******ハンギョレ新聞*******
日本王家の1級宝物、百済が作った?
正倉院所蔵コバルト色硝子杯 "百済金銅壷紋と似ている" 奈良博物館学芸官 論文発表 ‘西域系統’見解と異なり注目
http://japan.hani.co.kr/arti/culture/13176.html
 高さ12㎝、優雅な円模様を本体にちりばめたコバルト色に輝く1300余年前の硝子杯の故郷はどこであろうか。 日本の古代の都、奈良にある日本王家の宝物倉庫、正倉院に所蔵された一級宝物 硝子杯の製作地と由来した経路を巡って韓国・日本の文化財学界の関心が集中している。 ひと目見ただけでも西域の風合いが感じられるこの遺物が百済で作られ日本に伝来したという日本現地専門家の研究結果が発表されたためだ。
 このような見解を発表した専門家は、去る27日からこの硝子杯を含む正倉院所蔵品特別展(11月12日まで)を開いている日本国立奈良博物館の学芸官である内藤栄だ。 彼は今回の展示図録に硝子杯を分析した論文を載せ、脚支えなどの模様と製作技法から見て百済で匠たちが加工して伝来した可能性が高いという見解を出した。 このコバルト色の杯はこれまで韓国・日本の学界で西域ペルシャ系統の様式を持った遺物として、シルクロード交流の産物として手に入ったという見解が有力だったが、百済加工説が提起されたことにより両国学界に少なからぬ波紋を起こすものと見られる。
 内藤が硝子杯の百済加工説を裏付ける根拠に挙げたのは独特の紋技法だ。 杯の下の金属支え部分の躍動的なうず巻き形の唐草紋(ツル紋)が2009年に全北(チョンブク)益山(イクサン)の弥勒寺(ミルクサ)跡の塔基壇部から発見されて世間の注目を浴びた7世紀百済末期の金銅製舎利壷の魚子紋(小さい魚卵形を満たして刻んだ紋)と瓜二つだったという点に注目している。 魚子紋は6~8世紀に唐と百済・統一新羅・日本などの地で共通的に現れる技法だが、小さな卵模様の魚子をぎっしりと満たさずに、まばらに満たすことで、あたかも怪獣の形のような唐草紋と似合うように構成した事例は百済の弥勒寺跡舎利壷の紋だけに見られるということだ。 また、硝子表面に丸い紋を付け加え装飾美を誇った技法は1958年に慶北(キョンブク)、漆谷(チルゴク)、松林(ソンニム)寺前塔内で華麗な舎利装飾具の中に納められているのが発見された円紋のついた舎利器とほとんどそっくりだ。 内藤は「百済と日本王室の密接な親交関係で匠たちが細工した多数の工芸品を日本に贈り物として送ったという点、百済滅亡後に多数の王族の匠たちが日本に渡って行ったという点等から類推して、この硝子杯は百済で加工されて伝来した可能性が高い」と主張した。
 これに対して韓国内学界の一部研究者たちも説得力があるという意見を示している。 仏教美術史学者ハン・ジョンホ東国(トングク)大教授は「当時、百済の匠たちは金属細工技術の側面で東アジア最高の技術力を保有していた」として「弥勒寺跡舎利壷の紋技法が韓半島だけの独創性を帯びているという点で非常に意味深い研究結果」と評価した。
 しかし大きな争点が解決したわけではない。硝子杯自体を百済で作ったか否かは、すっきりと解明されていない。内藤の論文も硝子杯の硝子は、硝子を発明した西域ペルシャ系統であり、百済は硝子杯を輸入して脚支えを加工した後に再び日本に渡したという推定で結んでいる。 しかし韓国国内の学者たちは松林寺舎利器や扶余出土の硝子玉などに見られる高度な金属・ガラス工芸接合技法などから見て硝子を自ら製作した可能性も少なくないと見ている。
 756年聖武日王の愛蔵品を本山の東大寺に捧げたことにより始まった正倉院の歴史で硝子杯はいつ誰がどんな経緯で持ってきたかの記録はない。 展示の主管社である<読売新聞>は硝子杯が義慈王が日本王室に送った木製碁盤のように百済王室の朝貢品だという推測記事を書きもした。
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*******読 売 新 聞*******
第64回正倉院展に寄せて 関根俊一
~略~
(日本人が濃い青を好む傾向が見られる。唐でも瑠璃は外国の青というイメージがあり、珍重されたとの内容。)
~略~
 瑠璃杯は、コバルトで発色させたアルカリ石灰ガラス。円環を貼り付けた類品は、韓国・松林寺せん塔出土の舎利容器、中国・陝西省何家村出土の杯など東アジアに僅かに残存するのみだが、いずれもササン朝ペルシャの製品と考える説が有力である。
 一方、瑠璃杯に付く銀製の脚部は、表面に線刻された「気」を吐く竜を表した模様や表現法に百済の特徴が見え、朝鮮半島で加えられた可能性も高く、伝来にはさらなる興味も伴う。
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 奈良国立博物館の学芸官・内藤栄氏が、瑠璃杯の脚部の模様が韓国・松林寺舎利器の模様に似ていることから、ペルシャで製作された瑠璃坏に百済が手を加えた(脚部の線刻)可能性に言及したところ、韓国・東国大教授がこの紋様が朝鮮半島独自のものと言い出し、更に他の韓国の学者がガラスも含めた瑠璃杯全体を百済が製作したと主張しているようだ。
 ハンギョレ新聞が瑠璃杯を取り上げたのは、瑠璃杯自体に興味があった訳ではなく、見出しの「日本王家の1級宝物、百済が作った?」に表れているように、朝鮮半島で正倉院宝物が製作されたと書きたかったのだろう。所謂、ホルホル記事だ。
 
 記事中に登場する宝物とはこの様な物だ。

■瑠璃杯
 
 

■弥勒寺金銅製舎利壷
 
 

■松林寺舎利器
  
 

■何家村出土瑠璃杯
  
 

 そして、上記宝物の発見場所はここだ。
 
 

 瑠璃杯の脚部の模様を見ると、不規則な魚子紋(ななこもん・小さな魚卵形で満たした紋)の地柄に竜が刻まれている。弥勒寺金銅製舎利壷の方は、写真では判りづらいが、こちらも魚子紋の地柄に竜らしき図柄が壷の肩付近にが刻まれている。そっくりという訳ではないが、螺旋状に巻いた表現が似ているか。
 記事中にあるように魚子紋は東アジアで広く使われていたし、竜を蔓のようにアレンジした表現方法も特別とは思えないのだが。この竜の表現方法は百済にだけ数多く残され、他ではほとんど見られないのであろうか。大陸では使われていなかったのであろうか。もし、百済でだけで多用されていたとしても、模倣したとは言えないのであろうか。
 ガラス杯の方は色が違うものの円環が貼り付けてあり、同一地域で製作した物と見られる。勾玉や管玉とは違い、透明度の高い装飾された器を作るには高い技術が必要で、当時の技術水準を考えると、ペルシャ以外のアジア地域で製作されたと考えるには無理がある。少なくとも、ガラス部分はペルシャで製作されたに違いない。たぶん、唐がペルシャからガラス器を輸入し、加工していたのだろう。何家村出土瑠璃杯は加工前の物か。
 当時、ガラスは貴重品だったことを考えると、これらの物は当時としても大変な宝物だったに違いない。唐の時代には権力のシンボルとして竜が皇帝の服を飾るようになっていたことを考慮すると、皇帝の下賜品の可能性もある。そう考えると、百済は弥勒寺金銅製舎利壷を、新羅は松林寺舎利器を朝貢貿易で入手し、日本は遣唐使が瑠璃杯を持ち帰ったと推測するのが妥当ではなかろうか。
 
 唐の金属工房で製作された物が朝鮮半島や日本に渡ったため、弥勒寺金銅製舎利壷と瑠璃杯の紋様が酷似していると考えた方が、朝鮮半島で加工が加えられたと考えるよりも適当だと思えるのだが、如何であろうか。
 

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コメント


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No title

面白い話ですね。
正倉院展に行ってきまして、その折の新聞など持っています。

この瑠璃杯について解説している事は一言で言えば、
・ガラス器そのものはペルシャ産、色んな証拠が有り間違いない。
・銀製の脚については後から付けたものだろう。
製作したところは朝鮮半島の可能性もあり、今後の研究が必要。
こうなっています。

此れのどこを詠んだらガラス部分まで朝鮮製、こんな話が出てくるのか分かりません。
正しくウリナラファンタジー、
猿にセン〇リを教えたようなものです。

短足おじさん | URL | 2012-11-03(Sat)22:10 [編集]


No title

To 短足おじさんさん
>面白い話ですね。
>正倉院展に行ってきまして、その折の新聞など持っています。

北の国に住んでいると歴史ある文物に触れる機会が少ないので、羨ましいかぎりです。

>この瑠璃杯について解説している事は一言で言えば、
>・ガラス器そのものはペルシャ産、色んな証拠が有り間違いない。
>・銀製の脚については後から付けたものだろう。
>製作したところは朝鮮半島の可能性もあり、今後の研究が必要。
>こうなっています。

朝鮮半島後付けとなると、新たな疑問が生まれます。
朝鮮半島ではワイングラスのような形の器を使用していたのでしょうか。そういう実態がなければ、いきなりこの様なデザインは発想できないと思うのです。

>此れのどこを詠んだらガラス部分まで朝鮮製、こんな話が出てくるのか分かりません。
>正しくウリナラファンタジー、
>猿にセン〇リを教えたようなものです。

http://www.iza.ne.jp/izaword/word/%25E9%259F%2593%25E5%259B%25BD/" class="keyword">韓国人は自尊心を満たすために、簡単に嘘を吐く傾向が高く、嘘を吐いているという自覚も低いように思えます。
子供が友人の玩具を見て、羨ましさと悔しさでもっと良い玩具を持っていると、つい嘘を吐いてしまうのと似ています。
たぶん、http://www.iza.ne.jp/izaword/word/%25E9%259F%2593%25E5%259B%25BD/" class="keyword">韓国社会の精神年齢が幼児程度なのでしょう。だから、学者までがこんな荒唐無稽なことを平気で言うのだと思います。

ボルト | URL | 2012-11-04(Sun)01:34 [編集]


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