六丈記2

備忘録のようなもの

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

金正日の料理人・藤本健二の訪朝 前編

 故金正日総書記の専属料理人として有名な藤本健二(仮名)氏が先月訪朝した様子を22日からNEWS23クロス、ひるおび、朝ズバッなど、TBSの複数の番組が扱っている。24日の金スマでは再現VTRまで作り、1時間に渡って放送する力の入れ様だ。
 金スマがスタジオ収録されたのは帰国(8/7)から4日後の8月11日とのことされており、出演交渉や撮影準備などの期間のことを考えると、TBSは藤本氏が出国する前に独占放映する約束を取り付けていたのかもしれない。
 
 藤本氏はTBSの各番組に出演して話をしているが、NEWS23クロスと金スマしか見ていないので、主に金スマの放送内容から藤本氏が証言する訪朝の模様をまとめてみる。
 
#######################
■6月16日
 自宅近くのコンビニを出ると、北朝鮮のメッセンジャー(大男)が現れ、北朝鮮に残してきた藤本氏の家族が会いたがっていると伝えられ、家族の写真と手紙を渡される。
 メッセンジャーは金正恩も会いたがっていると伝え、赤い表紙の書簡を手渡される。それは招待状であったが、金正恩の署名が無く、藤本氏は北朝鮮の機関が偽造したものかもしれないと疑っていた。
 北朝鮮を脱出してから11年間潜伏した自宅を察知されたことを悟ったが、藤本氏は北朝鮮に行くことを決断できなかった。
■7月6日
 北朝鮮にいる藤本氏の家族3人が自宅で川の字になって寝ていると、午前3時頃、長男の正雄が突然叫び声を上げ、3回叫んだ後、絶命した。長男はそれまで元気な様子だったが、心臓発作での突然の病死だったとのこと。藤本氏はこれを訪朝した時に家族から直接聞く。ちなみに、長男は軍人だった。
■7月18日
 また、メッセンジャーが現れ、「2001年の約束を果たそうではないか」との金正恩の伝言を伝えてきた。
 藤本氏は金正日の専属料理人として仕えていたが、金正日の2人の息子(正哲、正恩)の遊び相手役もしていて、金正恩を「小さい大将様」と呼ぶなど、とても親しくしていた間柄だった。
 2001年に藤本氏が日本に行くことになった時、金正恩は「日本に行っても、帰ってくるのだろ」と声を掛けられ、藤本氏は「はい」と答えていた。2001年の約束とはこのことであり、2人だけしか知らないことであった。それで、藤本氏は招待が金正恩直々のものであると確信し、金正恩の招きならば断ることは出来ないと決心し、訪朝を決めた。
■7月20日
 日本から北京に行く。
■7月21日
 夜、北朝鮮のエージェントと共に中国から北朝鮮に入国し、平壌へ到着。不安で眠れず、一夜を過ごす。
■7月22日
 朝、散髪をし、ヒゲを剃る。
 午前10時、病院で検査を受ける。金正恩に危害が及ばないか調べたようだ。
 午前11時半、会場に到着。子供の頃のように「小さい大将様」と呼んでいいものなのか、付き人に尋ねてみると、良いのではないかとの返答。
 正午、部屋の扉を開けると、金正恩らが待っていた。
 金正恩は子供の頃、「藤本」と呼び捨てにしていたが、この時は「藤本さん」とにこやかに声を掛けてきた。藤本氏が「裏切り者の藤本が帰ってきました」と言うと、金正恩は「いいから、いいから」と返し、大泣きする藤本氏と抱き合う。金正恩夫人の李雪主も紹介され、李雪主は「(金正恩が)いつも藤本さんについて話していた。」などと話し、藤本氏を歓迎。
 その後、藤本氏が専属料理人だった時の仕事場であった8番宴会場で食事会。出席者は金正恩、その夫人・李雪主、金正日の義弟・張成沢、その他複数人であった。金正日の妹・金敬姫と金正恩の兄・金正哲は出席していなかった模様。
 食事中、金正恩は「裏切ったことは忘れた。でも、一緒にローラーブレイド、テニスをしたことやタバコを吸ったことは忘れない。幼かった頃から遊んでくれて、ありがとう。」と皆の前で感謝を表した。
 また、金正恩は「藤本、これからどうするのだ」と今後のことを藤本氏に尋ねている。藤本氏が「写真が欲しい」と答えると、「持ってけ」と快諾。後に8枚の写真を渡される。これが日本で公開した写真である。藤本氏によると、金正恩は同氏が日本でどの様な活動をしているのかインターネットを通じて知っているらしい。
 更に、金正恩は藤本氏に「これからは日本と北朝鮮を行き来したら良い」と北朝鮮へ自由に入国することを許可している。
■7月23日~
 金正恩と再会した翌日、藤本氏の元に北朝鮮に残した家族(妻・厳正女、長女・正美)が尋ねてきて、再会。この時、長男の死を知らされた。
 家族との会話で、藤本氏が北朝鮮を脱出した2001年(長男・正雄11才、長女・正美9才)の後、家族に起きたことも聞かされる。
 一家は8部屋もある豪華なマンションに住んでいたが、引っ越しさせられる。藤本氏が「金正日の料理人」を出版すると、スパイだったのかと罵られたり、アイスクリーム売りをしていた祖母までが商売の妨害をされ、嫌がらせに遭った。生活は困窮し、妻は再婚を考えるが、子供の反対により、諦めたらしい。
 家族は困窮生活を送っていたが、藤本氏の訪朝が分かると、平壌の5LDKのマンションに引っ越しさせられたとのこと。
 藤本氏は残りの滞在期間、家族と一緒にすごし、新しい自宅やスーパー、りんご園を訪ねている。この様子を写した写真を藤本氏は公開した。
■8月4日
 北朝鮮を出国し、北京に向かう。
■8月7日
 日本に帰国。
#######################
 
 スタジオで出演者から長男が殺されたのではないかとの声が上がると、藤本氏が「それはない。殺されるとしたら、私だ。」と答えていたことと、安住アナウンサーから「今後、北の広告塔になってるのでは?」の質問に「それでもいいんじゃないですか」と返答していたのが印象的だった。
 
▲送られてきた写真
 

▲送られてきた手紙
 
▲金正恩との再会他
 

▲家族との写真
 

▲専属料理人の時の藤本氏

スポンサーサイト

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する
 

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。