六丈記2

備忘録のようなもの

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金正日の料理人・藤本健二の訪朝 前編

 故金正日総書記の専属料理人として有名な藤本健二(仮名)氏が先月訪朝した様子を22日からNEWS23クロス、ひるおび、朝ズバッなど、TBSの複数の番組が扱っている。24日の金スマでは再現VTRまで作り、1時間に渡って放送する力の入れ様だ。
 金スマがスタジオ収録されたのは帰国(8/7)から4日後の8月11日とのことされており、出演交渉や撮影準備などの期間のことを考えると、TBSは藤本氏が出国する前に独占放映する約束を取り付けていたのかもしれない。
 
 藤本氏はTBSの各番組に出演して話をしているが、NEWS23クロスと金スマしか見ていないので、主に金スマの放送内容から藤本氏が証言する訪朝の模様をまとめてみる。
 
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■6月16日
 自宅近くのコンビニを出ると、北朝鮮のメッセンジャー(大男)が現れ、北朝鮮に残してきた藤本氏の家族が会いたがっていると伝えられ、家族の写真と手紙を渡される。
 メッセンジャーは金正恩も会いたがっていると伝え、赤い表紙の書簡を手渡される。それは招待状であったが、金正恩の署名が無く、藤本氏は北朝鮮の機関が偽造したものかもしれないと疑っていた。
 北朝鮮を脱出してから11年間潜伏した自宅を察知されたことを悟ったが、藤本氏は北朝鮮に行くことを決断できなかった。
■7月6日
 北朝鮮にいる藤本氏の家族3人が自宅で川の字になって寝ていると、午前3時頃、長男の正雄が突然叫び声を上げ、3回叫んだ後、絶命した。長男はそれまで元気な様子だったが、心臓発作での突然の病死だったとのこと。藤本氏はこれを訪朝した時に家族から直接聞く。ちなみに、長男は軍人だった。
■7月18日
 また、メッセンジャーが現れ、「2001年の約束を果たそうではないか」との金正恩の伝言を伝えてきた。
 藤本氏は金正日の専属料理人として仕えていたが、金正日の2人の息子(正哲、正恩)の遊び相手役もしていて、金正恩を「小さい大将様」と呼ぶなど、とても親しくしていた間柄だった。
 2001年に藤本氏が日本に行くことになった時、金正恩は「日本に行っても、帰ってくるのだろ」と声を掛けられ、藤本氏は「はい」と答えていた。2001年の約束とはこのことであり、2人だけしか知らないことであった。それで、藤本氏は招待が金正恩直々のものであると確信し、金正恩の招きならば断ることは出来ないと決心し、訪朝を決めた。
■7月20日
 日本から北京に行く。
■7月21日
 夜、北朝鮮のエージェントと共に中国から北朝鮮に入国し、平壌へ到着。不安で眠れず、一夜を過ごす。
■7月22日
 朝、散髪をし、ヒゲを剃る。
 午前10時、病院で検査を受ける。金正恩に危害が及ばないか調べたようだ。
 午前11時半、会場に到着。子供の頃のように「小さい大将様」と呼んでいいものなのか、付き人に尋ねてみると、良いのではないかとの返答。
 正午、部屋の扉を開けると、金正恩らが待っていた。
 金正恩は子供の頃、「藤本」と呼び捨てにしていたが、この時は「藤本さん」とにこやかに声を掛けてきた。藤本氏が「裏切り者の藤本が帰ってきました」と言うと、金正恩は「いいから、いいから」と返し、大泣きする藤本氏と抱き合う。金正恩夫人の李雪主も紹介され、李雪主は「(金正恩が)いつも藤本さんについて話していた。」などと話し、藤本氏を歓迎。
 その後、藤本氏が専属料理人だった時の仕事場であった8番宴会場で食事会。出席者は金正恩、その夫人・李雪主、金正日の義弟・張成沢、その他複数人であった。金正日の妹・金敬姫と金正恩の兄・金正哲は出席していなかった模様。
 食事中、金正恩は「裏切ったことは忘れた。でも、一緒にローラーブレイド、テニスをしたことやタバコを吸ったことは忘れない。幼かった頃から遊んでくれて、ありがとう。」と皆の前で感謝を表した。
 また、金正恩は「藤本、これからどうするのだ」と今後のことを藤本氏に尋ねている。藤本氏が「写真が欲しい」と答えると、「持ってけ」と快諾。後に8枚の写真を渡される。これが日本で公開した写真である。藤本氏によると、金正恩は同氏が日本でどの様な活動をしているのかインターネットを通じて知っているらしい。
 更に、金正恩は藤本氏に「これからは日本と北朝鮮を行き来したら良い」と北朝鮮へ自由に入国することを許可している。
■7月23日~
 金正恩と再会した翌日、藤本氏の元に北朝鮮に残した家族(妻・厳正女、長女・正美)が尋ねてきて、再会。この時、長男の死を知らされた。
 家族との会話で、藤本氏が北朝鮮を脱出した2001年(長男・正雄11才、長女・正美9才)の後、家族に起きたことも聞かされる。
 一家は8部屋もある豪華なマンションに住んでいたが、引っ越しさせられる。藤本氏が「金正日の料理人」を出版すると、スパイだったのかと罵られたり、アイスクリーム売りをしていた祖母までが商売の妨害をされ、嫌がらせに遭った。生活は困窮し、妻は再婚を考えるが、子供の反対により、諦めたらしい。
 家族は困窮生活を送っていたが、藤本氏の訪朝が分かると、平壌の5LDKのマンションに引っ越しさせられたとのこと。
 藤本氏は残りの滞在期間、家族と一緒にすごし、新しい自宅やスーパー、りんご園を訪ねている。この様子を写した写真を藤本氏は公開した。
■8月4日
 北朝鮮を出国し、北京に向かう。
■8月7日
 日本に帰国。
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 スタジオで出演者から長男が殺されたのではないかとの声が上がると、藤本氏が「それはない。殺されるとしたら、私だ。」と答えていたことと、安住アナウンサーから「今後、北の広告塔になってるのでは?」の質問に「それでもいいんじゃないですか」と返答していたのが印象的だった。
 
▲送られてきた写真
 

▲送られてきた手紙
 
▲金正恩との再会他
 

▲家族との写真
 

▲専属料理人の時の藤本氏

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竹島ICJ提訴 台湾総統の発言にブーメランと喜ぶ韓国メディア

 野田首相から韓国李明博大統領に宛てた親書を本人に渡しもせず、在日韓国大使館が返却するという異例の事態に、外務省は外交上あり得ない事は受け入れられないと門前払いをした。外務省の対応は予想外だったが、韓国大使館は更にその上を行き、親書を書留で送り返してきた。
 韓国政府は扱いに困り、このような行動に出たのだろうが、日本の首相の親書を軽く扱ったことで、益々事態は硬直化している。
 
 李明博大統領の竹島への上陸から始まった韓国政府の日本を侮った態度はエスカレートし、民主党政権でさえ、国際司法裁判所(ICJ)への提訴へと動かした。
 韓国は余程、このICJ提訴が嫌なのか、韓国メディアは馬英九台湾総統の発言を取り上げ、尖閣諸島については日本がICJ提訴を拒否しているかのような報道をしているようだ。サーチナにその様な内容の記事があった。
 
*****サーチナ「台湾が尖閣問題でICJ提訴言及「ブーメランを受ける日本」=韓国」*****
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2012&d=0823&f=politics_0823_006.shtml
 台湾の馬英九総統が、NHKとのインタビューで尖閣諸島(中国名:釣魚島)問題に関連して、国際司法裁判所(ICJ)への提訴について言及した。自由時報などの台湾メディアが22日に報じ、韓国メディアも相次いでこれを取り上げた。
 韓国メディアは、「馬英九台湾総統、釣魚島紛争をICJに提訴の提案」「領土紛争でブーメラン迎える日本」などと題し、韓国中国など北東アジアの主要国と領土紛争を繰り広げている日本が、外交的逆風を受けていると伝えた。
 自由時報によると、馬総統はNHKとのインタビューで、日本が国際司法裁判所竹島問題を付託しようと韓国に提案したことについて言及し、「釣魚島問題も国際法によって処理しなければならない」「昨年、東日本大震災で、台湾は日本をたくさん助けたが、日本はむしろ釣魚島海域での台湾漁民を追い出した。これは台湾の国民としては受け入れることができない心の傷になった」と話したという。
 馬総統はさらに「日本は今まで釣魚島の領有権紛争が存在するという事実を認めていなかった。これを再び否認すれば、釣魚島問題はより複雑になる」と述べた。馬総統は、日本との領土紛争のために、中国と連携する考えはないと明らかにするとともに、尖閣諸島問題は国際法遵守と平和解決という原則に基づいて処理されなければならないと強調した。
 韓国メディアは、馬総統がNHKの影響力を利用して、領土紛争の核である尖閣諸島問題を法的に解決しようと提案したにもかかわらず、日本のマスコミはこれを内密にしようと報道せずにいると指摘。その理由について、尖閣列島の紛争地域と認定されることを懸念しているのではないかとの見方を示した。
 また、日本は韓国の領土である竹島に対してはICJの共同提訴を提案したが、尖閣諸島やロシアが実効支配している北方領土の紛争については、「ICJ」という単語さえ出さずに、二重の態度をとっていると批判した。
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 サーチナの記事中のNHKのインタビューとはNHKのサイトにある次の記事のことだろう。
 
*****台湾総統“行動の自制が重要”*****
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20120821/k10014416081000.html
 台湾の馬英九総統が、20日、NHKの単独インタビューに応じ、沖縄県の尖閣諸島を巡っては、関係するすべての国と地域が島への上陸などの行動をそろって自制することが重要だという考えを示しました。
 そして、尖閣諸島を巡る主張の違いによって日本との関係が悪化することは避けたいという立場を強調しました。
 
 馬英九総統がことし5月に2期目に入ってから日本のメディアのインタビューに応じたのは、これが初めてです。
 インタビューの冒頭で、馬総統は沖縄県の尖閣諸島について、「台湾に属する島だ」と述べ、改めて領有権を主張しました。
 一方で、同じく尖閣諸島の領有権を主張する中国と連携して日本に対抗する意図はないことも明確にし、尖閣諸島を巡る主張の違いによって日本との関係が悪化することは避けたいという立場を強調しました。
 そのうえで、先週、尖閣諸島に上陸して逮捕、強制送還された香港の活動家らが10月ごろに再び上陸する計画を検討していることについての立場を問われたの対し、馬総統は、日本の地方議員らが19日に島に上陸したことにも触れながら、「最も重要なのは、いずれか一方だけに自制を求めるのではなく、皆が平和的に争いを解決する方法を探ることだ」と述べ、関係するすべての国と地域が島への上陸などの行動をそろって自制することが重要だという考えを示しました。
 馬総統は今月5日、争いを平和的に解決するためとして、「東シナ海平和イニシアチブ」という構想を打ち出して、関係する国や地域による資源の共同開発を呼びかけたのに続き、今回のインタビューでも、「主権を分割することはできないが、資源は分け合うことができる」と述べました。
そして、尖閣諸島周辺の海域は台湾の漁業者が100年以上前から主要な漁場にしていて、日本側の取り締まり強化に不満を募らせているとしたうえで、日本と台湾の漁業交渉が停滞していることについて、「これが解決しなければ当然、多くの抗議行動が起きる。進展があれば、衝突のおそれはきっと少なくなる」と述べ、漁業協定の締結に向けて日本側の協力を求めました。
 馬総統は、日本と台湾の関係は過去40年間で最もよくなっているとしたうえで、「台湾の人たちが、日本との関係をもっとよくしてほしいと望んでいることを私は実感している」と述べ、今後、日本とのFTA自由貿易協定の締結を目指すなど、経済連携や文化交流をいっそう深めたいという意欲を示しました。
 さらに馬総統は、中国の次の最高指導者としての地位を固めている習近平国家副主席について、「台湾の対岸にある福建省で長く仕事をしたことがあり、台湾の事情をよく理解している」という見方を示し、経済面を中心に中国との関係強化が進むことへの期待を表しました。
 ただ、政治面で注目されている中国との平和協定については、「長期的な計画としてはあるが、今のところ差し迫った事情はない」として、締結交渉入りを急ぐつもりはないという立場を改めて示しました。
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 ICJ提訴の話は一切出てこない。本当にその様な話があったのだろうか。
 情報元の台湾の自由時報のサイトから該当する記事を探した結果、2つほど見つかった。
 
NHK專訪 馬英九:台灣不會聯中抗日
http://iservice.libertytimes.com.tw/liveNews/news.php?no=683735&type=%E6%94%BF%E6%B2%BB
馬:釣魚台爭議 也應上國際法庭
http://www.libertytimes.com.tw/2012/new/aug/22/today-p3.htm
 
 機械翻訳すると、上の記事はNHKで馬英九総統のインタビューが放映されたとするもので、内容はNHKの記事と同様のようだ。
 下の記事はICJに関する事のようなので、間違っているかもしれないが、機械翻訳を利用して翻訳してみた。
 
*****馬:釣魚台の紛争 国際法廷に行くべき*****
[記者 彭顯鈞、林恕暉、駐日特派員張茂森/総合報道]
 釣魚台の主権争いの激動が再発、馬英九大統領は20日のNHKインタビューで、中国大陸と協力して釣魚台問題を処理することはできないと強調した。そして「東シナ海平和イニシアチブ」を重ねて言明した。馬はまた、日本と韓国の間の最近の領土紛争は国際法廷の訴訟に至ることを要し、「国際法を使って平和的な紛争解決する同様の機会が有るか無いか、釣魚台問題では分からない」と述べた。
 日本の311津波の後、台湾は日本に大々的に寄付したのに、しかし、近ごろの日本は釣魚台を購入するとし、釣魚台海域の我が国漁民を追い払って感情を傷つけることは、台湾の人民は受け入れることが出来ないでいると馬は指摘する。
 「これまでのところ、日本政府は、紛争の存在を認めていないので、問題を解決することは不可能である」と馬は指摘し、とても重要な一点は客観的に、この問題は紛争の存在を再び否定することは困難であると馬は強調した。
 台湾の漁民の伝統の漁場の釣魚台は、日本艦艇の追放に遭わなければ漁ができるが、漁の保護のために沿岸警備をせねばならず、10数年来日本の海上保安庁と対峙することに遭遇し、もし対峙を緩和することを認めるなら、「双方の政府が平和を念じ、1つの臨時的解決方法を希望する」ことに先に時間を使い、問題の全面解決が一歩進むと馬は指摘する。
 台日漁業交渉において、双方の16回の話し合いで、大きいな進展は無く、当然多くの摩擦が生じたと馬は指摘。日本政府がもしも漁業協定である程度進展することができるならば、「私は衝突の機会をきっと減らすことができると信じる」。
 他にも、国民党主席を兼ねる馬総統主宰の昨日の党内の人民会議の時、特に最近の釣魚台紛争に対して、漁を保護した回数を出し、自分の態度が軟弱ではないことを強調した。馬によれば。就任5年足らずで保護漁は10回に達し、民進党の時代の5回より多く、それでも軟弱と批判するなら、不当だ。民進党のスポークスマンの林俊憲は反撃を表し、主権の堅持について、態度が堅牢なのは当然だが、馬英九は保護漁の回数を主権の堅持とみなしていて、それは理解不能だ。
 伝えるところによると、馬は同様に台湾を含めた4地域を強調、中華民国政府の艦船は漁の保護を行い、同様に釣魚台に赴く台湾人活動家が搭乗した「全家福号」を以前に護衛したことがある。(釣魚台紛争が出現して、毎回の航海は嵐の海、沿岸警備隊は適切で、それに隊長の王進旺の対処は非常に良く、程好いと言え、態度もとても良かった)
 林俊憲は、馬英九が派遣した沿岸警備隊の公務船が保護した五星紅旗が釣魚台に登ったことにより、国際上、台湾中国が協力して抗日運動をしたとの誤った印象をもたらし、馬英九は最も速く外交ルートで釣魚台問題解決を求めるべきであり、理由も無く、ただ過ちを野党押し付けることを考え、対外行為をしていないと批判した。
 林俊憲は、民進党執政時代は釣魚台問題に取り組み、漁業交渉や共同海洋資源開発が主としてもすぐにやったのに、現在の馬英九は中国の手による渦に巻き込まれて、地域の動揺を引き起こし、問題を解決する方法を持たないと強調する。
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 翻訳が不正確かしれないが、馬英九総統が尖閣諸島の領有権問題をICJに提訴すると言っているようには聞こえない。その代わり、日韓の領土紛争はICJで解決しろと言っているように聞こえる。
 韓国メディアは、馬英九総統の発言を編集して、「尖閣諸島問題を法的に解決しようと提案した」との部分を内密にするために報道していないと指摘し、理由を尖閣列島が紛争地域と認定されることを懸念しているためではないかとの見方を示しているが、尖閣と竹島を故意に取り違えているのではないか。韓国メディアは馬英九総統を利用して、己の願望に叶うように捻じ曲げたのか。正確な翻訳で確認したいところだ。

 仮に馬英九総統が尖閣諸島の領有権問題をICJに提訴したいと思っていたとしても、実現は非常に難しいだろう。
 国際司法裁判所の当事者となりうるのは国家のみであり、国際連合加盟国は自動的に訴訟資格を有するが、国際連合非加盟国は安全保障理事会の勧告のもとに国際連合総会でなされる決議によって訴訟資格を得る。
 台湾は非加盟国ではないため、連合総会で訴訟資格を得る必要がある。ただその前に、台湾は国家であるのかが問題になる。台湾を国家と承認している国家は小国ばかりの23カ国しかなく、国際社会では国家として承認されていない。だから、オリンピックも中華民国では参加できず、チャイニーズタイペイとして(地域)参加せざる得ない状況だ。
 台湾が訴訟資格を得ようとすると、「一つの中国」論を堅持する中国と必ず強烈に衝突する。台湾を国家として認めさせる訳にはいかないからだ。それに、両岸問題を棚上げして曖昧にしている台湾の現状では、台湾内の統一派と独立派がぶつかるのも必定だ。尖閣諸島の領有権問題どころではなくなる。だから、馬英九総統は尖閣問題で中国と協力できないと強調するのだ。韓国メディアが期待する「ICJに提訴する」などと言うはずはない。
 台湾は領土問題より先に国家の承認問題をクリアしなければならないので、ICJ提訴はハードルが高い。しかし、国連加盟国の中国ならば容易だ。
 中国が提訴に踏み切れば、やはり、両岸問題が頭をもたげる。台湾も当事者と言い出し、ICJで両岸問題を議論される展開になったら、「一つの中国」を掲げる中国としては最悪だ。藪をつついて蛇を出しかねない。
 もし、両岸問題をクリアしたら、中国台湾はICJ提訴に出てくるだろうか。だが、その可能性は非常に低いと思われる。なぜなら、領有権を主張できる程の証拠が無いからだ。あるのはただ、島に名前を付けたと過去の書物に書かれているくらいだ。翻って日本には、中華人民共和国中華民国、清王朝が作成した日本領と認める書類などがある。裁判になったら、中国に勝ち目は無いので、不利になる提訴など自ら進んでする訳がない。
 だから、中国は圧力を掛けながら、徐々に侵食し、最終的には武力を背景として、領有しようとしているのだ。
 
 韓国メディアは日本が竹島の領有権を主張して、ICJ提訴に動き出したのが気に入らず、ダブルスタンダードと批判したいのだろうが、生憎、その批判はブーメランとなって韓国に突き刺さるだろう。
 日本は国際司法裁判所の規定36条2項にある「選択条項受諾宣言」をしている。この宣言をしている国は提訴されたら、それに応じる義務が生じるため、もしも、台湾が日本を提訴したら受け入れることになるのだ。
 今回、日本が単独提訴しても裁判にはならないと言われているのは、韓国が選択条項受諾宣言をしておらず、応訴を拒否しているからだ。
 日本が国際法による領土紛争の解決を求める一方で、その解決方法から逃げているという批判は、韓国が選択条項受諾宣言をしていないという批判となって戻ってくるなどとは、韓国メディアは全く考えていないのだろう。

 

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長崎清国水兵事件の日

 126年前の今日(1886年[明治19年]8月13日)は「長崎事件(長崎清国水兵事件)」の発端となった事件が起こった日です。事件は清国水兵による乱暴、略奪に発展し、多くの死傷者が出ました。
 
 事件の前年、清はドイツから「東洋一の堅艦」と呼ばれた世界最大級の定遠、鎮遠(姉妹戦艦)を入手し、翌年には親善訪問を名目に朝鮮、ロシア、日本を歴訪して、示威行動を始めました。
 日本にやって来た清国海軍の艦隊(定遠、鎮遠、済遠、威遠の四隻)は修理を名目として、8月1日に長崎に寄港。入港してから2週間弱経過した8月13日、多数の清国水兵が上陸を開始し、長崎の街に繰り出します。数名の清国水兵が丸山遊廓の順番待ちをしていると、後から来た別の水兵が先に案内されます。これに、待たされていた清国水兵達は激怒し、手当たり次第に家財を壊したり、乱暴を始め、大暴れ。夜8時過ぎ、通報受けた丸山町巡査派出所の巡査2名が現場に駆けつけ、2人を逮捕しましたが他は逃亡。しばらくすると、遊郭で巡査に暴行して逃亡した水兵が十数名の仲間を伴って派出所に現れ、罵倒を始めます。巡査がその水兵を捕らえようとしたところ、その水兵は日本刀で巡査の頭を斬りつけました。巡査は手と頭を負傷しながらも、応援の巡査と共に取り押さえ、濱町警察署に連行後、清国領事館に引き渡しています。清国水兵達は逮捕された仲間を助け出そうとして警察署の門前に押しかけたようですが、その日は何事もなく引き上げたようです。
 ちなみに、水兵は非武装で外出するようにと丁汝昌提督から命令されていましたが、水兵は市内の道具屋で日本刀を購入していたようです。
 翌14日、日下義雄長崎県知事が清国長崎領事・蔡軒と会談し、集団で上陸しないこと、上陸する場合には監督として士官を付き添わすことを協定します。
 これで終わったかに見えましたが、15日に再燃します。午後5時頃、清国水兵達は協定を守らず、およそ300人が上陸しました。不穏の挙動に警戒して、常置の巡査1名の外に梅香崎警察署から2名の巡査が出張しています。
 1人の水兵が会話をしている巡査の間を割って通過し、再びその間を通過しようとしたので、両巡査は互いに密着して防いだところ、水兵はその後ろを通過しました。暫くして、1名の巡査がパトロールに出ると、前出の水兵が走って来て故意に巡査に衝突。巡査は耐えましたが、別の水兵がやって来て巡査の顔に向かって脅す態度に出ました。それでも巡査は耐え忍び諭そうとしましたが、水兵は巡査の警棒を奪おうとします。これに他の水兵が加わり、巡査は袋叩きにされました。巡査2名が救助に駆けつけると20数名の水兵に襲われ、巡査1名が殺され1名が重症を負いました。
 1人の巡査が辛くもその場を逃れ、梅香崎警察署に応援を求めました。当日はコレラ予防の為に巡査が各地に出払っていて、人員を集めるのが困難でしたが、それでも警察署から帯剣の監督巡査1名と8名程の警棒巡査が現場に急行。現場に到着した時には既に水兵は200名程に膨れ上がっていて、長崎市内の各地で略奪や暴行の真っ最中でした。駆けつけた巡査らに対して水兵は刀と棍棒で襲い掛かり、帯剣巡査も剣で防戦しましたが、多勢に無勢で重傷(翌日に入院先で死亡)を負います。やがて、追加の巡査が駆けつけて総勢30名程となりましたが、それでも人数的不利は変わらず、巡査らは不利な状況の中、水兵を捕らえ、住民や清国商人を救護し、鎮圧に努めました。この騒動に憤慨した住民の中には投石や刀で応戦する者もいて、住民も加わった大乱闘に。最後は水兵達が清国領事館内に逃げ込んだのでした。
 この暴動で、日本側は巡査が2名死亡し、26名の重軽傷者を出しました。住民も十数名負傷しています。清国側は士官1名が即死し、15名あまりの水兵が負傷しています。ただし、清国側は死亡8名、負傷42名と主張。
 
 8月20日、外交を握っていた李鴻章は天津領事の波多野章五郎を呼びつけ、尋問します。
 李鴻章は詳細を知らないとしながらも、買い物などに上陸した少数の水兵が長崎の巡査の乱暴狼藉によって殺傷されたと決めつけます。更に、水兵達は命令により武器を携帯しておらず、無防備の水兵を巡査が刀で殺傷したから40人あまりの死傷者が出たのだと非難。長崎の兵船帯兵官からは開戦の許可を求められているが、止めているとしながらも、長崎の艦隊の大砲は何時でも使用可能で、自由に開戦することが出来ると恫喝します。また、天津にいる日本人を苦しめるために人民を扇動するのは容易に出来るとも。
 この2日後、李鴻章は態度を一変しました。李鴻章は巡査と水兵の喧嘩だから日本が公平に処するのであれば、清国政府が出るまでも無いと言い出します。おそらく、李鴻章はその後に事件の詳細を知ったのでしょう。それでも、謝罪することはせずに、喧嘩として押し通そうとします。
 
 事件は一地方の出来事と見なして、日下長崎県知事とウィリアム・ラング水師副提督が談判して処理する予定でしたが、8月25日なって清国政府は在上海英国法律家英人ドラモンドを派遣することにしたため、日本政府も外務省雇いの米国人法律顧問のデニソンを派遣しします。
 9月6日、第1回委員会が長崎県庁で開かれましたが、決着しませんでした。日本側は治安を維持する警官の行為を喧嘩とするのは理に合わず、万国公法に準拠して事故の原因を調査し、公正を期すべきであると繰り返し主張。証拠を挙げて追求すると清国側はのらりくらりと逃げ、理論的に追い詰められても全権を委任されていないなどと答えていました。清国側からは見舞金を得ることなく妥協することはできないとか、軍艦を派遣すると脅迫めいた発言も。この様な案配でしたから、会議は40回も開かれましたが妥協は得られませんでした。
 交渉が遅々として進まなかったため、東京において井上外務大臣と徐公使との間で交渉が行われることになり、12月6日に長崎の調査委員会は解散しました。
 清国側は英独露などに働きかけ、日本に対して圧力を掛けて来ます。井上外務大臣は、日清両国の交誼を傷付けることは不本意であるから、英国の「賠償金ということではなく、両国が慈善基金を設立し、見舞い金を出し合い、互いの死傷者の為に配分する」という提案を受け入れ、政治的決着を図る事にしました。これを受け、清国政府では曽紀澤が反対論者を説得し、政治的決着を図ることを承知させます。
 合意に基づき1887年2月8日、井上馨外務大臣と徐承祖欽差全権大臣が条約を締結しました。これにより、清国は銀15500円を、日本は52500円を拠出しました。清国は死傷者を水増していましたから、日本は3.4倍の金を支払わされたのです。
 
 日清間には1871年に日清修好条規(平等条約であった)が結ばれていて、第13条には「両国の人民、若し開港場に於て兇徒を語合い盗賊悪事をなし、或は内地に潜み入り、火を付け、人を殺し、劫奪を為す者有らば、各港にては地方官より厳く捕え直に其次第を理事官に知らすべし。若し兇器を用て手向いせば、何れに於ても格殺して論なかるべし」とあります。
 この条文に依っても巡査の行為は正当なものでしたが、日本は不利な条件を飲み、喧嘩として処理するしかありませんでした。なぜなら、英独仏3国が清国を支援していたことにより、日本は孤立無援でしたし、清国の圧倒的な軍事力に抗えなかったからです。井上外務大臣は清国と事を構えれば、琉球を失ってしまうとの危機感があったそうです。
 所詮、当時の国際法も条約も清国の巨大な軍事力と列強の国益の前では無力でした。理不尽な清国の主張に平伏せざる得なかったことで、交渉によって清国との摩擦を解消しようとしていた日本の方針は揺らぎ、国防の重要さが叫ばれるようになりました。そして、清国は敵国であると認識されていきます。
 
 この事件は清国水兵が些細なことで逆上し、傍若無人の振る舞いをしたことが原因です。当時、清国に限らず、上陸した乗組員が住民や警察と揉め事を起こすという事件は珍しくはありませんでしたが、清国兵が陸海のへだてなく不条理な行動をするのは有名だったようです。清国兵は欧米の兵士にはおもねって無礼を働きませんでしたが、日本人や朝鮮人に対しては侮って我意を通そうとするのが常だったようです。朝鮮人は清国人を怖れて目をつぶっていたため、朝鮮では騒動が起きませんでしたが、日本では清国人の無礼な行為が看過されなかったため、騒動が起こりがちでした。
 だから、事件が起きたのは起こるべくして起きたのです。清国人が日本人を蔑視していたから、遊廓で大暴れしたのに止まらず、巡査を逆恨みし、執拗な嫌がらせした上で手当たり次第に暴行を重ねたのでしょう。華夷秩序意識がこの様な行為をさせたのだと思います。
 
 戦後は明治維新以降の日本が富国強兵に走り、一方的に弱い中国を侵略して中国人を差別的扱いをしたと喧伝されがちですが、日清戦争以前は立場が逆でした。清国は欧米列強の侵食に遭っていましたが、アジアでは依然強大な国で周辺国には横暴な振る舞いをしていたのです。
 
 21世紀になって、また大国になった中国は経済力を背景に海軍力の増強を急速に進めています。南シナ海や東シナ海で執拗な軍事行動を繰り返し、アジアでの海洋覇権を握ろうとして横暴な振る舞いを始めています。中国国内では、中国は強くなったのだから、各国は中国のルールに従うべきだとの声も見受けられるようになりました。また、華夷秩序意識が頭をもたげてきているのです。
 菅政権の時の尖閣沖衝突事件で、強硬姿勢に出れば、日本政府は腰砕けになるという教訓を得た中国は居丈高に振る舞い、自ら引くことは今の状況では無いでしょう。
 長崎事件で福沢諭吉は「軍備増強とは、開戦に備えるばかりでなく、開戦を回避できる抑止力ともなる」と主張しました。翻って、現在の日本を見ると如何でしょうか。日中の軍事バランスを均衡させる重要性を認識しているでしょうか。
 

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五輪サッカー44年ぶりの快挙、今度はメキシコ勝て

 五輪のサッカー男子代表がエジプトを3-0で降し、銅メダルを獲得したメキシコ五輪以来となるベスト4入りを果たしました。44年ぶりだそうです。
 次戦の準決勝の対戦相手はメキシコですが、そのメキシコもベスト4入りは44年ぶりなのだそうです。
 メキシコ五輪では、日本とメキシコは共に準決勝で破れ、3位決定戦で対戦しています。日本はメキシコに勝って3位となり、メキシコは自国開催ながらメダルに手が届きませんでした。日本の五輪での最高成績はこの時の3位ですが、メキシコもまたこの時の4位が最高成績なのだそうです。何かの因縁でしょうか。
 メキシコ五輪では日本がメキシコに勝っていますので、今度はメキシコに勝ってもらいたいですね。3位決定戦で。
 
 なでしこジャパンと違い、男子代表は前評判は高くありませんでした。優勝候補のスペインを破った時は「グラスゴーの奇跡」と言われましたが、そのスペインは結局、1勝も出来ずに無得点のまま予選敗退しました。今後も「グラスゴーの奇跡」と呼ばれるのでしょうか。解説者は当てになりませんね。
 
 サッカーは男女共、準決勝に進んだ国は日本だけです。日本だけが、男女そろって金メダルを獲得する可能性があるのです。今まで男女同時に優勝した国はあるのでしょうか。
 是非とも、男女同時優勝を果たしてもらって、「ロンドンの奇跡」と呼ばれたいですね。

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オスプレイ配備について考える

 オスプレイ(海兵隊所属のMV-22)の10万飛行時間当たりの事故率は1.93で、海兵隊の垂直離着陸戦闘機AV8Bハリアーの事故率6.76と比べれば、格段に低く、海兵隊全体の平均事故率2.45よりも低い。オスプレイによって代替されるCH46ヘリコプターの事故率は1.11だが、森本防衛相はオスプレイとCH46の危険度は同レベルとし、むしろ、老朽化したCH46を使い続ける方が危ないと述べている。
 一方、NHK(http://www3.nhk.or.jp/news/html/20120726/k10013875451000.html)は公表された10万飛行時間当たりの事故率(MV-22:1.93、平均事故率:2.45)は「クラスA」の事故に限ったことで、2001年から2012年までの11年間に起こしたすべての事故を海兵隊が分類した資料からは「クラスA」が4件、「クラスB」が9件、「クラスC」が27件としていた。そして、10万飛行時間当たりの事故率は
クラスA」→報道なし
クラスB」→MV-22: 2.85件、海兵隊平均:2.07件
クラスC」→MV-22:10.46件、海兵隊平均:4.58件
と伝え、クラスBの事故は海兵隊平均を上回っているほか、クラスCに至っては海兵隊の航空機の中で最も高い数値であると報道している。
※「クラスA」:死者が出たり高額の修理費用が生じたりするなど、最も深刻な事故
※「クラスB」:乗員に部分的に後遺症が残るなどした事故
※「クラスC」:軽いけが人が出るなどした事故
 
 NHKの報道からMV-22の飛行時間を逆算してみる。
クラスB」
(9/2.85)*100000=31.57万時間
クラスC」
(27/10.46)*100000=25.81万時間
 対象となる飛行時間は同じになるはずなのに、大きな開きがある。10万飛行時間当たりの事故率の計算には違うデーターを使っているのだろうか。
 それに、NHKはMV-22の配備(2005年)前のデーターも対象としている。2001年から安全性の向上がされていないなら問題ないだろうが、通常は事故が発生する度に原因を追究し、改善されるものだ。安全性の向上の改善はこの11年間一切されていないのだろうか。そうは思えないのだが。
 今、日本でオスプレイの配備が問題にされているのは、市街地に墜落する危険性が高い欠陥機と、表向き思われているからだ。しかし、NHKは乗員の軽い怪我を起こした事故も持ち出し、危険性が高いと主張している。日本国民にとっては墜落などで住民に被害が出なければ良いのであり、海兵隊員が怪我をしたところで、それは日本国民にとって関係ないことだ。ところが、NHKは海兵隊員の怪我の心配までしている。NHKはアメリカ政府以上に海兵隊思いだったとは思わなかった。
 
 閑話休題。オスプレイの配備にからみ、デモが発生して安全性が政治問題化しているが、はたして、オスプレイは危険なのだろうか。
 オスプレイの安全性を説明するために、10万飛行時間当たりの事故率を用い、MV-22は海兵隊平均より低く、危険ではないと説明されている。しかし、飛行時間当たりの事故率で比較して、単純に安全性が高いと断定することには疑問がある。
 例えば、同型の機体,Yの2機があり、1回の飛行では500km/hで5000km飛び、は500km/hで10000km飛ぶとする。10万時間に達するまでこれを繰り返した時、もYも飛行距離は5000万km(加減速は考慮せず)となり、飛行時間、飛行距離は変わらないが、発着回数はが1万回、Yが5千回になる。
 離陸から着陸までの過程で事故率が一定なら、とYの事故率は同じになる。ところが、実際は「Critical Eleven Minutes」(魔の11分間)と言われるように、離陸後3分間と着陸前8分間の合計11分間に事故の7割あまりが発生するとされている。
 仮にこの型の機体が10時間飛行(離着陸1回)して、1/1000回の事故を起こすとしたら、内訳は巡航中に3/10000回、離着陸中は7/10000回だ。「魔の11分間」は巡航時間に比べ短いので飛行時間=巡航時間とすると、事故確率は1時間当たりの飛行で3/10万回、1回の離着陸で7/1万回となる。
 これをとYに当てはめると、10万飛行時間で、は10回(巡航中3回、離着陸中7回)、Yは6.5回(巡航中3回、離着陸中3.5回)の事故を発生させる。
 この様に同じ機種でも1回に飛ぶ距離を変えるだけで、事故率は変化してしまうのである。だから、運用条件の異なる機種を単純に比較して、どちらが安全かなどと軽々に断定出来ないのだ。同じ運用条件で比較して、初めて、その条件下ではどちらがより安全な機種か分かるのであって、条件が変われば、結果も変わる。ただ、10万飛行時間当たりの事故率が全く意味の無いものかというとそうでもない。盲信しなければ、参考にはなると思う。
 また、比較条件を変えたら、結果も変わる。上記までは飛行時間で比較したが、飛行距離で比較したら、また違った結果が出るだろう。高速の機体ほど有利になるから、MV-22とCH46の事故率は逆転するかもしれない。例えば、スペースシャトルは発射回数を基準にしたら危険な乗り物に違いないが、移動距離を基準にしたら自動車より安全になるだろうということだ。
 安全を言葉にするのは簡単だが、安全とは何かを考えると簡単に結論が出るものではなく、安全の判断はなかなか難しい。マスコミの中には、MV-22とほとんど変わらない空軍使用のCV-22の事故率が13.47だから、オスプレイはとんでもなく危険な機種と煽り立てる人々がいるが、危険な飛行を強いられたら、事故は起こり易くなって当然という当たり前のことを全く理解していないのはどうかと思う。
 
 オスプレイの特徴は飛行機とヘリコプターの両方の特性を兼ねそなえた航空機であることだ。ティルトローター(機体に対して傾けることが出来るローター)を傾けることで、固定翼モードとヘリコプターモードを切り替える。

 
 2ローター式でも、大型ヘリコプターのように前後に配置した設計なら、バランス制御もさほど難しくはないのだろうが、機体の中心から離れた両翼端にローターを配置した設計なので左右の出力バランスをとるのが困難な上に、ローターの角度変えるのだから、非常に制御が難しい機体だろうことは素人でも推測できる。開発に長い期間がかかってしまったのは、色々な条件下で機体を安定させるのが困難だったためだろう。
 オスプレイは普通の航空機と違い、揚力を得る方法が変化するので、それぞれのモードの状態により墜落する危険性も変化するものと思われる。これまで起こした事故の詳細なデーターが分からないので、確かなことは言えないが、一般的に回転翼機より固定翼機の方が安定的なことを踏まえれば、固定翼モードで飛行している状態が最も安定性が高く(他のターボプロップ機と同程度)、次がヘリコプターモードで浮上している状態、最も不安定ななのは固定翼モードとヘリコプターモードの間の状態、つまり、ローターの角度を変化させている時がオスプレイにとって一番バランスを崩し易いのだと思う。実際、4月に起きたモロッコの墜落事故はヘリコプターモードから固定翼モードに転換している最中に発生している。
 転換飛行が行われるのは離着陸地点の付近であるから、基地周辺で墜落する危険性はある。ただし、他のヘリコプターなどより基地周辺に墜落する危険性が高いということではない。(転換飛行時と他のヘリコプターの離着陸時の危険性を比較した訳ではないため。)
 オスプレイの特徴は垂直離着陸(VTOL)出来ることであるから、垂直離陸した後に水平飛行に移り、垂直着陸するものと思われがちだが、短距離離陸(STOL)も可能だ。STOLとは文字通り、短い距離の滑走で離着陸することで、これだと、滑走により翼からも揚力を得られるので、離着陸時の危険性は他のターボプロップ機と同程度になるはずだ。
 マスコミや反対派はオスプレイを欠陥機と騒ぐが、固定翼モードでは他のプロペラ機よりも大きく劣るとは思えないし、離着陸もSTOLで行えば同様だ。
 だから、基地周辺に住宅地がある場合はVTOLを禁止し、STOLで運用したら危険性の問題は解決すると思う。VTOLの訓練は艦艇で行うか、無人島で行えば良い。丁度、尖閣諸島という名の無人島があることだし。久場島と大正島はいまだに在日米軍の射爆撃場に設定されている(1978年以降は未使用)のだから、釣魚島にヘリポートを作って米軍の訓練に使ったとしても支障は無い筈だ。
 
 ティルトローター機は半世紀以上前から開発が始められていて、長い間、様々な試験が繰り返されていたが、オスプレイによって初めて実用化された。民間用のBA609の実用化も近いとみられている。
 
 困難にも拘わらず、開発が断念されなかったのは、垂直離着陸、高速移動、長航続距離というヘリコプターと固定翼機の利点を併せ持つからだ。これらの利点は軍事用途ばかりでなく、民間用途にも有用だ。
 ティルトローター機は離島を多く抱える沖縄にこそ必要な機体だと思う。本島から遠く離れた空港の無い離島にも直接向かえるので、ドクターヘリに用いたら非常に有用だ。災害時の輸送にも役立つだろう。沖縄県民はそのことに気が付くべきではないか。離島の住民のことなど無視してかまわず、本島の住民さえ良ければいいと言うのなら別だが。
 
 オスプレイは優れた利点を持つ機体なので、導入を希望する国も現れるだろう。米軍で実戦配備されているのだから、危険性を問題にすることもないと思う。アメリカ政府が輸出を許可し、価格も妥当なものなら、多くの国が購入するのではないか。韓国などは独島の兵站に有用だとして、真っ先に名乗りを上げるかもしれない。
 しかし、多くの国が導入したとしても、反対活動の中心を担っている人達は反対を止めないだろう。そういう人達が配備に反対しているのは、本当は危険性ではないだろうから。

 

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