六丈記2

備忘録のようなもの

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南京事件とニュース23

 筑紫哲也がまだ存命の頃、ニュース23で南京市民達に「南京大虐殺」についてインタビューしたVTRがされたことがあります。
 そのVTRに登場する若者は日本軍が残虐非道なことをしたと延々と非難を続け、他の市民も似たようなものでした。若い者ほど「南京大虐殺」に詳しく、非難感情は強い傾向にあるようでした。そんな中、唯一、南京事件以前に生まれ、当時のことを記憶している老人(男性)が登場します。その老人は「南京に生まれ、南京から一度も出たことはないが、そんなことがあったなんて知らなかった。」と答えていました。
 この老人の言葉が多くを物語っているように感じます。「南京大虐殺」が全くの虚構とは言いませんが、中国共産党が主張するような大規模な虐殺が事実としてあったなら、知らないなんて事はないでしょう。この老人は共産党の教育を受けることなく成人し、「南京大虐殺」の宣伝が本格化した時にはリタイヤしていて世情に疎くなっていたのかもしれません。
 このインタビューが行われてから随分経ちますので、既に高齢になっていたこの老人はもう亡くなっているでしょう。南京事件から74年が経過し、当時を知る人々がもう直ぐいなくなります。中国が学問的見地から証言を残してくれるのを願いますが、それは望むべくもないことでしょう。中国南京事件を学問の問題としてではなく、政治の問題(道具)として捉えていて、結果は初めから決まっているのですから。
 
 ニュース23はニュース23クロスとして装いを新たにして続いてますので、アーカイブ特集でも組んで、再びこのVTRが流されることを望んでいますが、こちらも期待できないでしょう。
 

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光市母子殺害事件、これで終わるのか

 光市母子殺害事件の判決が確定し、マスコミは一斉に実名報道に切り替え、大月(旧姓福田)孝行死刑囚の実名を明らかにしました。理由は「少年法がうたう更生と社会復帰の可能性への配慮が必要なくなること、今後、誰に刑が執行されるのかが匿名であってはならない」だそうです。配慮が無くなったためか、今まで報道されていなかった「父親から虐待されていた」「中学生の時に母親が首吊り自殺をし、その姿を見ている」などの家庭環境の一端も明らかにされました。しかし、態々、旧姓を表しているにもかかわらず、姓が変わった理由については言及されていません。
 ネット上を調べると、大月純子なる女性と養子縁組をしたとの情報が多く見受けられます。大月純子氏のプロフィールを調べると下記のようなものでした。

 

大月純子
1970年神戸生まれ。日本基督教団牧師。「わたしたちの性と生を語る会・広島」代表。「ジェンダー広島」運営スタッフ。「男女共同参画を考える会ひろしま」共同代表。1997年より広島に在住。広島にあるいくつかのセクシュアル・マイノリティのコミュニティに関わっている。セクシュアリティについての理解を深めるための講演を行ったり、講演会・ワークショップの企画を行っている。また、数年前より高校生とクラブ活動の中で、セクシュアリティについての理解を深めるためのプログラムを行っている。共著に『性の意味――キリスト教の視点から』(宮谷宣史編/新教出版社)、『プロブレムQ&A同性愛って何?』(共著、緑風出版)がある。

 

 著作物をみるとジェンダーフリー運動を展開している人物のようですが、取り分け冤罪事件に関わっている様子はありません。左派人脈で大月死刑囚と知り合ったことも考えられますが、全く関係ない可能性もあります。
 また、ネット上では池田小事件の宅間守と獄中結婚したとの情報も見受けられますが、宅間守は獄中結婚して吉岡守になっていますので、この情報は誤りでしょう。

 

 大月死刑囚は判決の前に受けた取材で「落ち着いて受けるしかない。どのような内容であれ、僕自身の不備なので、それを相手のせいにしないで、自分のことを棚に上げて、相手をどうこう言うことは控えたい」と答える反面、「僕がどうこう言えるわけではないですが、裁判官の判断で決めるわけですが、厳正な対処を望みます。傷害致死であって、死刑が適用ないなら回避してほしい。素直な思いとしては、怖いと思います」と話しています。
 宅間守と違い、大月死刑囚は生に執着している様子がありありで、このまま死刑を受け入れることはないでしょう。再審請求を早々としてくるに違いありません。
 再審開始の要件は刑事訴訟法第四百三十五条で決められています。

 

第四百三十五条  再審の請求は、左の場合において、有罪の言渡をした確定判決に対して、その言渡を受けた者の利益のために、これをすることができる。
一  原判決の証拠となつた証拠書類又は証拠物が確定判決により偽造又は変造であつたことが証明されたとき。
二  原判決の証拠となつた証言、鑑定、通訳又は翻訳が確定判決により虚偽であつたことが証明されたとき。
三  有罪の言渡を受けた者を誣告した罪が確定判決により証明されたとき。但し、誣告により有罪の言渡を受けたときに限る。
四  原判決の証拠となつた裁判が確定裁判により変更されたとき。
五  特許権、実用新案権、意匠権又は商標権を害した罪により有罪の言渡をした事件について、その権利の無効の審決が確定したとき、又は無効の判決があつたとき。
六  有罪の言渡を受けた者に対して無罪若しくは免訴を言い渡し、刑の言渡を受けた者に対して刑の免除を言い渡し、又は原判決において認めた罪より軽い罪を認めるべき明らかな証拠をあらたに発見したとき。
七  原判決に関与した裁判官、原判決の証拠となつた証拠書類の作成に関与した裁判官又は原判決の証拠となつた書面を作成し若しくは供述をした検察官、検察事務官若しくは司法警察職員が被告事件について職務に関する罪を犯したことが確定判決により証明されたとき。但し、原判決をする前に裁判官、検察官、検察事務官又は司法警察職員に対して公訴の提起があつた場合には、原判決をした裁判所がその事実を知らなかつたときに限る。

 

 上記の内、何れかに該当しなければなりませんので再審は事実上ありえません。それでも、何らかの悪あがきをするのではないかと思います。
 例えば、「上告審から弁護を担当した弁護団によって荒唐無稽な主張を強要され、正当な裁判を受けることが出来なかった。それによって、一審、二審で無期懲役だったものが死刑になってしまった。」とか。
 被害者には悪いですが、むしろ、この様な悪あがきをすることを望みます。それにより、主張の変遷の過程が明らかになり、弁護活動の正当性が問題になるでしょう。弁護士職務基本規程の「弁護士は、真実を尊重し、信義に従い、誠実かつ公正に職務を行うものとする。」を考える契機になればよいのではないでしょうか。

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山口母子殺害事件
http://www.alpha-net.ne.jp/users2/knight9/yamaguti.htm
山口・光市母子殺害事件 判決を前に元少年がFNNの記者との面談で現在の心境など語る
http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00217518.html
大月純子
http://spysee.jp/%E5%A4%A7%E6%9C%88%E7%B4%94%E5%AD%90/1684393/
性なる聖なる生―セクシュアリティと魂の交叉
http://www.amazon.co.jp/%E6%80%A7%E3%81%AA%E3%82%8B%E8%81%96%E3%81%AA%E3%82%8B%E7%94%9F%E2%80%95%E3%82%BB%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%82%A2%E3%83%AA%E3%83%86%E3%82%A3%E3%81%A8%E9%AD%82%E3%81%AE%E4%BA%A4%E5%8F%89-%E8%99%8E%E4%BA%95-%E3%81%BE%E3%81%95%E8%A1%9B/dp/4846105032
大阪池田小児童殺傷事件
http://www.alpha-net.ne.jp/users2/knight9/oosakaikeda-hanketu.htm
刑事訴訟法
http://law.e-gov.go.jp/cgi-bin/idxselect.cgi?IDX_OPT=2&H_NAME=&H_NAME_YOMI=%82%AF&H_NO_GENGO=H&H_NO_YEAR=&H_NO_TYPE=2&H_NO_NO=&H_FILE_NAME=S23HO131&H_RYAKU=1&H_CTG=1&H_YOMI_GUN=1&H_CTG_GUN=1
弁護士職務基本規程
http://homepage3.nifty.com/satosho/ethics/shokumukitei2005.htm

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ブータン王国の難民問題

 2月16日付の読売新聞解説面に興味深い記事が載っていました。web版には掲載されていませんので、一部を書き出してみます。
 
論点:「幸せの国」の難民問題
根本かおる UNHCR元職員
~略~
 この国が多数の難民という難題を抱えていることを知って欲しい。西方に位置するネパール国内のブータン難民キャンプ人口はピーク時で約11万人。ブータンの人口は約73万人だから、問題の規模がわかる。
~略~
 19世紀後半以降、土地を求める人々がネパールからブータンに移住し、20世紀半ばには多くの人がブータン国籍を手にした。
 しかし、ブータン人が高地に住み、チベット仏教徒なのに対し、ネパール系は亜熱帯の南部に住み、ヒンズー教徒が中心。民族、宗教に加え言語も違う。やがてブータン政府は、移住者への警戒感を強める。
 しかも、この頃、ブータンの隣にあった仏教王国シッキムが、ネパール系住民による民主化要求運動を機に、インド軍の介入を招き、1975年に併合された。隣国の滅亡を見たブータンは大国の介入を避けつつ、小国として生き残るしか道はなかった。独自の価値観に基づく、「国民総福祉」の考え方は、ソフトな安全保障思想とも言えるだろう。
 ブータンはその後、国籍付与条件を厳格化し、ネパール系住民の多くが過去に遡って国籍を失った。人々は国を追われ、民主化運動に加わった人もネパールなどに逃れた。ブータン政府は、国を捨てた人を国民ではないと位置付けた。
~略~
 難民の帰還については、ネパール・ブータン両国の交渉で進展はなく、しかも内戦で疲弊したネパールに10万人以上もの定住は難しかった。
 その後は、アメリカなどが「国際的に負担を分かち合う」と、難民を「第三国定住」の形で大量に受け入れる意向を示し、UNHCRも移住を支援してきた。
~略~

 


 昨年、ブータン国王夫妻が新婚旅行で来日した時は「国民総幸福度」や「国王による民主化」ばかりが話題になり、影の部分が取り上げられることはありませんでした。だから、難民問題を抱えていたなんて思ってもいませんでした。
 ブータンに対するイメージは「国民総幸福度」や「外国人の入国に厳しい国」でしたが、何故そうなったか、この記事を読んで理解できました。物事にはそうなる理由があるものですね。
 
 ブータンのたどって来た道は移民問題を考える上で、良きにつけ悪しきにつけ、非常に参考になります。安易に大量の移民を受け入れるとどのようなことになるのか、示しているのではないでしょうか。
 日本人はブータン王国を他山の石にしなければなりません。
 

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維新政治塾に群がる「ろくでなし」

 維新政治塾の募集は10日に締め切られ、3326人が集まり、13日には地域政党「大阪維新の会」の国政における基本政策である「船中八策」が公表された。
 つまり、3326人は基本政策を知らずに応募した者達だ。中身を知らずして、時間と金を費やそうとするのだから恐れ入る。
 この状況をみて、橋下市長は「短い間に『やってやろう』という人がこれだけ集まるとは、日本もまだまだ捨てたもんじゃない。日本の政治が全く信用されていないのではないか」と語っている。建前だろうが、本音ではどう思っているのだろうか。「船中八策」を聞いて、「自らの政治理念と異なるから入塾を辞退する」という者が多数現れたら、「日本もまだ捨てたもんじゃない」とも思うが、そんな人は皆無だろう。
 「大阪維新の会」は当初、400人募集し、その中から次期衆院選に300人擁立し、200議席獲得を目指していた。応募者はそれを知って応募した者達である。目的は橋下人気にあやかり、国会議員になりたいだけだ。だから、基本政策など如何でもいいのだ。小泉チルドレン、小沢チルドレンを見て、こんな人が代議士になれるなら、自分も風に乗って代議士になりたいと思うのも無理からぬことだ。
 政治理念も何も無く、ただ、権力欲と名誉欲だけで代議士になりたいという「ろくでなし」が集まっただけなのに、この先、救世主のように持ち上げられると思うと辟易する。いつまで、この国はこんな事を繰り返すのだろうか。

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橋下市長「日本もまだ捨てたもんじゃない」
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20120213-OYT1T00232.htm

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靖国神社の放火犯は中国人? 続報11

 

 

 今まで調べたことを年表にした。ただし、劉強がネットに書き込んだことで確認できないものは除外し、警察で供述したとされる内容を入れた。
 
1915年
##### 劉別生誕生
1942年
#####@母方の祖母が大邱から中国大陸に従軍慰安婦として動員される。
1943年
##### 劉新誕生(又は1944年誕生)
1945年
 6月 4日 劉別生戦死
 8月15日 終戦
1948年
##### 大韓民国建国
1949年
##### 中華人民共和国建国
1950年
##### 朝鮮戦争勃発
1953年
##### 朝鮮戦争休戦
1965年
##### 日韓国交回復
1974年
 6月20日 劉強、上海で誕生
1978年
##### 日中国交正常化
1984年
#####@母方の祖母から慰安婦時代の話を聞く。
1985年
#####@母方の祖母が韓国忠清南道公州で死亡
1992年
##### 中韓国交正常化
1997年
 1月13日 蘇迪病死
2011年
 9月19日 短期滞在ビザ取得
10月 3日 関西国際空港から日本に入国
10月 5日 和歌山YMCAの短期進学コースで日本語を学び始める。
10月20日 和歌山YMCAで行われた例会に出席
#####@福島県でメンタルケアのボランティア活動
12月18日 日韓首脳会談
12月22日 福島県いわき市のいわき赤十字血液センターで献血
12月25日 韓国行きの航空券を購入
12月26日@靖国神社に放火
12月26日 成田空港から出国、仁川空港へ。
12月26日 観光ビザで韓国に入国。日本女性も一緒。
12月27日 韓国メディアに自ら連絡し、靖国神社の放火を告白。
##### 木浦を経由し、大邱を散策。
12月31日 ソウル入り
2012年
 1月 1日 日本女性出国
 1月 3日@ソウルの西大門刑務所を見学。
 1月 6日 ガソリン購入
 1月 7日 焼酎瓶を準備
 1月 7日 動画投稿
 1月 8日 火炎瓶製作
 1月 8日 ソウルの日本大使館に火炎瓶を投げつけ、逮捕。
 1月26日 日本大使館への現住建造物放火未遂などの罪で起訴。
 2月13日 初公判。靖国神社の放火も犯行を認める。
 
※@が付いている所は劉強の供述のみで、裏取りがされていない。
 
/////////////////////////////
靖国、日本大使館への放火「曾祖父が韓国で拷問、悲惨な死」と主張
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2012&d=0110&f=national_0110_030.shtml
 報道によれば、逮捕された38歳の中国籍の男性容疑者は、自分の曾祖父が以前抗日運動に参加しており、その後ソウルの西大門刑務所に拘留され、そこで拷問を受けて死んだと話している。容疑者は以前は祖母が従軍慰安婦だったと主張していた。
 警察の発表によれば、容疑者は2011年12月26日に韓国入国後、木浦を経由して祖母が以前暮らしていたという大邱を見た後、12月31日にソウルに到着したという。
 ソウル警察は、容疑者が3日に西大門刑務所を見学したことを明らかにした。その際、容疑者は曾祖父が拷問される情景を思い浮かべ、恨みの気持ちがさらに強くなり、日本大使館に火炎瓶を投げ込むことを決心したという。火炎瓶の作り方はインターネットで学び、6日にガソリンを購入、7日には焼酎の瓶を準備し、8日の早朝4時ごろに火炎瓶を作ったと述べている。
  警察によれば、容疑者は取り調べに対し、靖国神社への放火の過程についても非常に詳細に供述しているが、今のところ容疑者本人の供述以外に、証拠は見つかっていない。警察は引き続き取り調べを行う予定だ。

 

「祖母が慰安婦」中国人が日本大使館に火炎瓶投げる=ソウル
http://japanese.joins.com/article/175/147175.html?servcode=A00&sectcode=A00
~略~
  男は警察での取り調べで、自身が昨年12月末に靖国神社にも火を付けたと主張した。昨年12月26日午前4時10分ごろに東京の靖国神社の門で火災が起きた。当日午前に男は韓国行きの飛行機に乗った。男は「1985年に忠清南道公州(チュンチョンナムド・コンジュ)で死去した祖母の遺骨が大邱(テグ)にある。祖母の足跡をたどるため韓国を訪問した」と供述した。
~略~
 

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警察官が拘束されて留置場に監禁される

◆公然わいせつで警察官逮捕
http://www.hbc.co.jp/news/hbc-newsi.html
 道警の警察官がススキノの飲食店で全裸になったとして公然わいせつの疑いで逮捕されました。
 逮捕された厚別警察署の巡査長泉沢有俊(いずみさわ・なおとし)容疑者28歳は、11日きょう午前1時半ごろ、札幌市中央区南5条西5丁目にある飲食店で男女15人の客の前で全裸になった疑いがもたれています。
 この店は実際はいわゆるSMクラブとして営業していて泉沢巡査長は、逮捕当時、ステージで全裸になっていたということです。
警察は店を無許可で営業した疑いで経営者の女も逮捕しました。

 

◆ANNのニュース

 

 

 

 風俗店の無許可営業の容疑で飲食店の「クラブ パティオ」を家宅捜索したら、泉沢容疑者が全裸で縛られていたため、急遽、公然わいせつ罪で現行犯逮捕したようだ。
 着衣のままだったら参考人程度で終わっていて、報道されることも無かったろうが、パンツ1枚の差で人生を大きく狂わせてしまった。一時の羞恥プレイが全国的に報道されて壮大な羞恥プレイなるとは思いもよらなかったであろう。人生、何処に陥穽があるか分からないものだなと、つくづく思う。
 ちなみに、この警察官は留置管理課勤務とのこと。日頃、容疑者を拘束していたのに、SMクラブで拘束されていてお縄になり、留置場に入るとは。なんとも皮肉な話だ。

 

////////////////////
◆公然わいせつ:SMクラブで全裸 巡査長を逮捕 北海道警
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20120212k0000m040074000c.html
 

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靖国神社の放火犯は中国人? 続報10

 以前のエントリーの続き。
◆犯行前日の行動
**:**    電車で福島から東京に到着
17:00    帝国ホテル東京にチェックイン
**:**    靖国神社を3回偵察
**:**    神門左近くに木戸を発見
**:**    セブンイレブン九段南3丁目店(推定)で広口のPETボトル飲料を5

個購入
**:**    ペットボトルにガソリンを詰る
**:**    火焔瓶を作るために5個の韓国のマッコリのガラス瓶を用いる
**:**    帝国ホテルに戻る
◆犯行前後の行動
 手記を元にして犯行前後の足取りを推測したのが下図である。

a:帝国ホテル
b:地下鉄日比谷駅(推測)
c:靖国神社
d:セブンイレブン北の丸スクエア店(推測)
e:ホテルグランドパレス
f:木戸
g:神門
h:社号標

 

02:00    起床
02:20(推定)荷物を地下鉄日比谷駅(推定)に放置
02:40(推定)帝国ホテル東京に戻り、黒色の服に着替える
02:50(推定)チェックアウト
03:40    靖国神社に到着
03:42(推定)セブンイレブン北の丸スクエア店(推定)でマスクとマフラーを購


03:43(推定)ホテルグランドパレスでタクシーを予約
03:50    木戸に接近
03:53(推定)1.5メートルのフェンスを越える
03:57    神門から10メートル離れた小木の下に隠れる
03:58(推定)木の下でPETボトルから清酒の小さいガラスコップにガソリン

入れる
03:59(推定)神門にガソリンを上に向けて撒く
04:00    ライターで点火
04:02(推定)神門そばの消火栓の箱を燃やす
04:05    塀をよじ登り、木戸から出る
04:06    社号標に火炎瓶を投げつけ、燃やす
04:10(推定)ホテルグランドパレスに到着
04:20(推定)タクシーで地下鉄日比谷駅(推定)に到着(3.7km9分)
04:25(推定)荷物を回収
**:**    タクシーで成田空港に直行(日比谷から成田空港まで70km、70分

位)
**:**    車中で着替え
09:10   成田空港から大韓航空KE706便(又は日本航空JL5201便)で韓

国に出発
※前エントリーではペットボトル飲料を購入したコンビニはファミリーマートと推測し

たが、マッコリも購入したと考えるとセブンイレブン(マッコリを販売している)の方

が妥当だと思い、靖国神社に一番近い九段南3丁目店とした。

 

 時計を見ながら一々時間を記録しているとは思えないから、4時(時間を確認している)と9時10分(出発時間)以外はだいたいの時刻だろう。そうだとしても、時間的には不可能ではないのが確認できた。
 しかし、幾つか疑問も有る。それを次に記す。
 

●宿泊ホテルについて
 本当に帝国ホテルに泊まったのであろうか。帝国ホテルの部屋のパンフレットには中国語のパンフレットもあったはずで、そこには「帝国酒店」と書いてあったはずだ。それなのに手記には「帝国客館」と表記している。ただ単に覚えていなかったのかもしれないが、帝国ホテルに泊まっていなかった可能性もあるのではないか。
 劉強がアップした動画(靖国神社の放火犯は中国人? 続報3参照)には2種類の部屋が写っている。奇跡五療法の動画と朝鮮語、日本語の動画では部屋が違う。どちらかが東京で泊まった旅館という可能性はないだろうか。
●荷物について
 駅でコインロッカーが見つからず、荷物を放置するという危険を冒しているが、そこまでしてチェックアウトを優先する理由は何だろうか。荷物が無くなれば着替えも出来ないのに。
ガソリンについて
 劉強がアップした画像(靖国神社の放火犯は中国人? 続報3参照)にはガソリン缶を

持った姿が映っている。調べると刈払機などに用いる混合ガソリンで、「BOLL2サイクルガソリンミックス25:1混合ガソリン1L」(http://item.rakuten.co.jp/e-

nougu/10000689/)だった。5リットルを用意したとあるから、これを5本所持していたとみられる。なぜ、金属缶からペットボトルに移し変えたのか。必要性が全く理解できない。
 偵察するだけなのに、なぜ、ガソリンを持ち歩き、詰め替えや火焔瓶製造をしたのか。火焔瓶製造などはホテルの部屋の中で密かにやった方がいいと思うのだが。ホテルでガソリン臭を発生させることを躊躇ったからか。
 また、現場に残されたカップ酒の空き瓶2本に残っていた油は灯油との報道もあり、そもそも放火に使われたのはガソリンでは無い可能性もある。

●ペットボトルについて
 広口のペットボトル飲料を購入しているが、今時、広口ペットボトルを使用している飲料はほとんど無い。検索で発見できたのが、「ナチュラル・ウォーター立山四季の水2L」だけだ。2L5本分で10Lの容量になる。

 また、火焔瓶に韓国のマッコリのガラス瓶を使っているとしているので、セブンイレブン(http://www.711net.jp/page/g/401c15)から探すと、該当するのは、「高矢禮マッコリ320mL」、「草家マッコリ300mL」「草家黒豆マッコリ300mL」の3種類。どれにしろ、5本分だと容量は約1.5Lだ。

 劉強が用意したガソリンは5リットル。火焔瓶に1.5リットル使ったとして、残りは3.5リットル。ペットボトルの合計容量の1/3程だ。購入したペットボトル飲料の本数が多すぎて、量的に整合性がとれない。700ml程の広口ペットボトル飲料があるのだろうか。

●柱に放火した状況について
 ガソリンをガラスコップに入れて上方に撒いたと書いているが、報道には「扉や柱の下部が幅数十センチにわたって焦げており、油をまいたような跡があった」とある。焼け跡の写真を見ても、上方に撒いたとは思えない焼け方をしている。
 ガソリンは気化しやすく、瞬時に燃え広がるため、近づいて点火するのは危険なのだが、本当にライターで直接点火したのだろうか。
 メディアによって放火された時間はバラバラだ。時事通信(http://www.jiji.com/jc/zc?k=201112/2011122600249)は3時50分ごろ発見、4時すぎ通報。産経(http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/accident/539861/

は4時10分ごろ通報。毎日(http://mainichi.jp/photo/archive/news/2011/12/26/20111226k0000e040145000c.htm

l)は4時5分ごろ発見となっている。時事通信の記事が正確なら、4時ちょうどに点火というのは嘘になる。
●消火栓の箱について
 消火栓の箱にも放火したとと書いているが、その様な報道は一切無い。
●放火後の逃走経路について
 防犯カメラに靖国通り方向に逃走する姿が映っていたとの報道があった。参道を通ってから靖国通り方向に逃げたのか、通らずに林に入ったのか、この報道からは判断できないが、前者なら手記の記述が間違っているものと思われる。

●社号標について
 社号標に火炎瓶を投げつけ、燃やしたとあるが、その様な報道は一切無い。
●日本人女性について
 劉強は日本人女性と一緒に韓国に入国しているが、日本人女性の行動の記述が無い。何時から行動を共にしたのだろうか。それに、この日本人女性は恕恩が不眠を治したという福田河子と同一人物なのか。

 

 手記をよく読むと、過去に靖国神社へ行った事があり、日本の報道内容を知っていると書けるように感じられ、また、存在しない放火について記述していることから、劉強が靖国神社に放火したという確信はもてなかった。
 劉強は放火を実行しておらず、空想で書いたのか、若しくは放火を実行したが、事実を書かず、誇張して書いたのだと思う。
 劉強の発信する情報を鵜呑みにはできない。カップ酒の空き瓶に残っていた油の分析結果や指紋の有無、供述が防犯カメラの映像と合致するかなど、細かく検証しないと真実は見えてこないだろう。
 

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福島第二原子力発電所の被災状況

 福島第一原子力発電所の事故に隠れ、福島第二原子力発電所や女川原子力発電所が地震や津波でどの様な被害にあったのか、詳しく報道されていなかった。それが8日の県の立ち入り調査に伴い震災後初めて報道陣に公開され、福島第二原子力発電所の被災状況の一端が明らかになった。
 報道された内容を一部引用する。

 

炉心溶融「紙一重だった」…福島第二も総力戦(読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/feature/20110316-866921/news/20120208-OYT1T00979.htm
~略~
 第二原発とメルトダウン(炉心溶融)に至った第一原発の距離はわずか約12キロ・メートル。襲来した津波は第一原発の13メートルに対して第二原発は9メートルだったが、海岸近くにある原子炉を冷却するための海水ポンプの機能が奪われ、原子炉4基中3基が一時危険な状態に陥った。しかし、外部からの高圧送電線が1回線生き残り、中央制御室で原子炉の温度や水位などのデータが把握できた。必要な対策を見極め、事故4日後の3月15日までに全号機で冷温停止にこぎ着け、放射性物質は外部に漏れなかった。「原子炉の状態をつかめなかった第一原発とは大きく違った」と増田所長は指摘する。
~略~

 

「原発救った命綱」仮設電源ケーブル…福島第二(読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/feature/20110316-866921/news/20120209-OYT1T00281.htm
~略~
 敷地内には津波の爪痕が残るが、原子炉建屋や格納容器内に損傷はほとんどなく、メルトダウン(炉心溶融)から水素爆発に至った第一原発との違いが際だった。
 「これが仮設の電源ケーブル、第二原発を救った命綱です」。敷地内に巡らされたケーブルを指し、福島第二原発の設楽親(したらちかし)副所長(52)が説明した。昨年3月11日の震災直後、ヘリコプターで東電の資材センター(茨城県土浦市)から運び込んだ。100人を超える作業員が12日未明から2日間、夜を徹して敷設し、冷却に必要なポンプに電源をつなげ、津波で失われていた冷却機能を回復させた。
 海岸近くでは津波で破損した設備が見られたが、1号機南側には高さ約4メートルの仮設防潮堤がそびえていた。第一原発と同規模の津波にも対応できるという。
~略~
 4号機では、事故直後に圧力が異常上昇した格納容器の中を見た。高温のために配管の塗装が一部はがれ当時の過酷な状況をうかがわせたが、配管や弁などに損傷はなかった。
~略~

 

東日本大震災:福島第2原発ルポ 紙一重で大事故回避 建屋、無傷に見えたが /福島(毎日新聞)
http://mainichi.jp/area/fukushima/news/20120209ddlk07040219000c.html
~略~
 津波が襲ったのは、海岸沿いに4基並んだ原発の南端の通路。海抜4メートルにある海水を使う4基の冷却装置を全てのみ込んだ後、一番南側にある同12メートルの1号機の原子炉建屋の側面を襲い、裏手から北側の3基の原子炉に向かって流れ込んだ。現在1号機側面には「15・3メートル」と浸水の高さを示す線が引かれ、再度の津波に備え1メートルの土嚢(どのう)を4段積みした仮設堤防も作られている。
 ただ、浸水したのは6階建ての建屋の1階分の高さ。これだけで4基のうち3基が冷却機能を失い第1原発同様の「緊急事態宣言」に至ったことに驚いた。冷却装置は1階に電源装置やモーターが置かれ、原子炉内のディーゼル発電機も地下にある。いずれも水をかぶって使えなくなった。先端イメージのある原発だが、築30年の昭和の他の建物と変わりないように見えた。
 こうした状況で大事故を避けられた理由は、「津波の高さが第1原発ほどでなく、設備の損傷が少なかったため」(増田尚宏所長)という。4系統の外部電源のうち1系統が辛うじて生き残り、津波の流れから遠かった3、4号機の非常用電源も一部が残ったため、中央制御室から原子炉内の状況を確認しながら、残った電源を突貫工事で浸水した施設につないで5日目に冷却機能を復活した。
~略~

 

 テレビなどによると地震が平日だったため、発電所内に2000人がいたことが幸いし、仮設ケーブルの敷設が出来たそうだ。また、モーターは水没により壊れたため、空輸して、交換したそうだ。

 

 地震により各原発がどの様な損傷を受けたかは今後の原発再開を考える上で重要な要素であるにもかかわらず、サイトを確認すると、取り上げたのは新聞では5紙の内、読売、毎日、朝日の3紙。テレビに至っては6局の内、テレビ朝日のみ。
 メディアは大規模な事故に至らなかった原発などには興味無いということか。

 

 津波に備えて土嚢の仮設防潮堤を築いているが、大丈夫なのだろうか。津波に耐えることは出来ても、地震で崩れることはないのであろうか。
 

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さっぽろ雪まつりで崩壊した雪像

 昨日から始まった第63回さっぽろ雪まつりで、実行委員会が制作した雪像の上部が転げ落ち、その一部が観光客に当たり、怪我をさせてしまった。雪まつり会場は救急車や警察が出動し、マスコミも殺到したしたため、一寸した騒ぎになったようだ。
 原因は先週までの寒さが打って変わって、急に暖かくなったのが原因なのかもしれない。過去には気温上昇で雪像が融けるということはあったが、崩れ落ちたことは無かったと思う。まあ、崩れ落ちる前に壊していたのかもしれないが。
 崩壊した雪像は6丁目の市民の広場の「雪ミク(初音ミク)」で、崩壊後は危険を避けるため、完全に壊された模様。
 去年も初音ミクの雪像は作られたが、今年の雪像は大きい上部を細い髪でサポートする形状なので、崩れ落ちやすかったのだろう。トップヘビーの形状を考えると中に鉄パイプなどの芯を入れるべきだった。他の雪祭りの雪像には芯を入れている場合もあるから。
●崩壊前

●崩壊後

●去年の雪像

 

 初音ミクに関係した会社が札幌にあり、雪まつりに合わせて千歳空港でパネル展をするなど、関連したイベントがあったのだが、中止になるかもしれない。残念だけど。

http://www.crypton.co.jp/snowmiku2012#info_snow_s

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靖国神社の放火犯は中国人? 続報9

 劉強がネット上で公開した手記(靖国神社の放火犯は中国人? 続報5 参照)を検証する。ただ、訳の間違いによる勘違いがあるかもしれないことを予めお断りする。
 ではまず、手記の内容を分かりやすいように改めて箇条書きで書き出す。
 
12月25日
**:** 電車で福島から東京に到着
17:00 帝国ホテル東京(原文では東京帝国客館)にチェックイン
**:** 靖国神社を3回偵察
**:** 神門左近くに別の小さい通用門(原文では小側門)を発見
**:** 靖国神社付近で広口のPETボトルを5個購入
**:** PETボトルにガソリンを詰る
**:** 火焔瓶を作るために5個のマッコリのガラス瓶を用いる
**:** ホテルに戻る
12月26日
00:00 就寝
02:00 起床
**:** 荷物を地下鉄の駅に放置
**:** ホテルに戻り、黒色の服に着替える
**:** チェックアウト
03:40 靖国神社に到着
**:** コンビニでマスクとマフラーを購入
**:** 神門から徒歩5分の場所のグランドホテル(原文ではgrand hotel)にタクシーを予約
03:50 通用門に接近
**:** 1.5メートルのフェンスを越える
03:57 神門から10メートル離れた小木の下に隠れる
**:** 木の下でPETボトルから清酒の小さいガラスコップにガソリンを入れる
**:** 神門にガソリンを上に向けて撒く
04:00 ライターで点火
**:** 神門そばの消火栓の箱を燃やす
04:05 塀をよじ登り、小さい通用門から出る
04:06 「靖国神社」と書かれた石碑に火炎瓶を投げつけ、燃やす
**:** グランドホテルに到着
**:** タクシーに乗って地下鉄の駅に行き、荷物を回収
**:** タクシーで成田空港に直行
**:** 車中で着替え
09:10 成田空港から出国

 

 次にホテルやコンビニ等の位置確認をする。

◆宿泊ホテルと靖国神社までの道程
 原文では宿泊したホテルは東京帝国客館(簡体字を新字体で表記)となっているが、帝国ホテル東京のことだろう。ただ、帝国ホテル(http://www.imperialhotel.co.jp/j/)のサイトの中国表記では「帝国酒店」となっている。何故、中国語の正式名称である「帝国酒店」を使わずに、「帝国客館」と表記したのか。疑問が残るところではある。
 閑話休題。帝国ホテル東京から靖国神社までの道順を予想したのが下図である。青丸が帝国ホテル、赤丸が靖国神社、ルートを薄紫の線で示している。どちらのルートでも距離3.8km、徒歩で47分(80m/分計算)程かかる。

 

◆グランドホテルと地下鉄の駅
 原文では「grand hotel」となっているので、東京グランドホテルのことかと思ったが、住所が港区芝なので靖国神社からは遠すぎる。そこで、靖国神社付近で「グランド」が付くホテルを探したところ、3軒あった。その場を図中に印し、靖国神社からのおよその距離と時間(80m/分計算)を以下に記す。赤丸は靖国神社

A:グランドアーク半蔵門   1.5km 19分
B:ホテルグランドパレス   0.7km  9分
C:ホテルグランドヒル市ヶ谷 1.4km 18分

 神門から徒歩5分の場所と書いてあることから、 該当するホテルは「ホテルグランドパレス」だ。早足で歩けば5分位で行ける。
 
 次に地下鉄の駅について。短い時間の内に、帝国ホテルを出て、地下鉄の駅に荷物を放置した後、また帝国ホテルに戻っていることを考えると、地下鉄の駅というのは帝国ホテルの近辺の地下鉄の駅だろう。地図からすると日比谷駅か内幸町駅だ。営業時間前の深夜3時ごろという時間を考慮すると日比谷駅だろうか。

 

靖国神社付近のコンビニ
 靖国神社付近のコンビニは下図の13店舗。どこも24時間営業で酒類販売をしている。店名は次の通り。 
①ファミリーマート一番町大妻通り店
②ポプラ一番町店
③セブンイレブン九段南3丁目店
④セブンイレブン九段南大妻通り店
⑤ローソン千代田三番町店
⑥ファミリーマート九段南2丁目店
⑦ファミリーマート九段下駅西店
⑧ローソン九段北目白通店
⑨ローソン九段北一丁目店
⑩セブンイレブン法政大学市ケ谷キャンパス店
⑪ファミリーマート九段北一丁目店
⑫セブンイレブン北の丸スクエア店
⑬ミニストップ九段南1丁目店


 PETボトル飲料を購入したコンビニは⑥又は⑦の店舗の可能性が高いように思うが、「靖国神社付近」というだけなので、確かなことは言えない。
 ホテルグランドパレスにタクシーの予約を入れているが、携帯電話を持っていて、電話で予約したのだろうか。ホテル名を正確に覚えてないのに、電話でタクシーを呼べるとは思えない。靖国神社に到着した後に予約を入れていることから推察すると、ホテルグランドパレスに直接行って予約したと考えるのが妥当ではないかのではないか。タクシーを長く待たせたとも書いてあるし。
 そうすると、マスクを購入したコンビニは靖国神社とホテルグランドパレスの間にあると考えられるから、そのコンビニは⑧、⑪、⑫の店舗の内のどれかだろう。

 

靖国神社内の位置関係
●配置図

●社号標
 「靖国神社」と書かれた石碑というのは社号標のことだろう。

靖国神社平面図

●神門
 出火場所は左から2番目の列で真ん中の柱の参道側。
 神門の左右は板柵に繋がっているのが確認できる。

靖国神社の周りの写真
 上の写真が上空から見た写真で、矢印の方向に見たのが下の枚。

 

 

 手記にある通用門はどの門だろうか。「神門左近くに別の小さい通用門」と「通用門に接近、1.5メートルのフェンスを越える」との記述をヒントに探る。
 神門の近くとあるので、神門の左右を確認してみたが、通用門は無い。そこで、神門の外側から見て左側の南門[A]と神門の内側から見て左側の北門[K]を確認する。どちらの門も両脇に2m程の板柵があり、乗り越えられなくもない。ただ、どちらの門も入ると神門の内側に入ることになり、放火場所に行くにはもう一度板柵を乗り越えなければならない。しかし、その様な記述は無い。
 そうなると、該当しそうな門は写真[C]の木戸しかない。よく見ると、左側にカラーコーン(普通のサイズは高さ70cm)があり、比較すると木戸の高さは1.5メートル程だ。この木戸が閉まっていたため、乗り越えたのだろう。「小さい通用門」はこの木戸で間違いないと思う。

 

 

続く。

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