六丈記2

備忘録のようなもの

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北海道で大規模停電

 11月27日午前に発生した暴風雪は室蘭市、えりも町、浦河町などで瞬間最大風速が約40m/secに達し、北海道の太平洋沿岸に被害をもたらしました。特に、胆振西部の被害が大きく、室蘭市内では数十本の電柱が倒れ、登別市郊外では高圧送電線の鉄塔が倒壊しています。それらに加え、暴風雪によって送電線が振動、自動的に送電停止となったことから、室蘭周辺に大規模停電が発生しています。
 
 

 北電の発表によると、全道で約56130戸(14時現在)の停電が発生し、その内、室蘭周辺(胆振総合振興局管内)は約55750戸でした。内訳は室蘭市約29880戸、登別市約20790戸、伊達市約990戸、豊浦町約320戸、壮瞥町約50戸、白老町約870戸、洞爺湖町2850戸。
 23時になっても、室蘭市では約24220戸、登別市では約20720戸、伊達市では約650戸、4町合計では390戸がまだ停電したままです。全面復旧には3日程度かかる模様。
 ちなみに、この7市町については道が災害救助法の適用を決めました。
 
 この大規模停電は様々な事態を引き起こしました。報道された事例をいくつか挙げてみます。
●室蘭市役所や登別市役所の電話が不通。行政機能が麻痺。
●携帯電話は利用可能。
●室蘭市内ほぼ全域の信号機が消灯。各地で渋滞が発生し、事故多数。
●室蘭市・登別市の全小中学校が臨時休校
●日鋼記念病院と市立室蘭総合病院が外来を休診。自家発電で入院患者に対応。
●イオン室蘭店や多くの店舗が休業。コンビニなど一部が手作業で対応。
●日本製鋼室蘭製作所が休止。
●登別温泉のホテルが近隣の宿泊施設に客を移動させる。
介護施設の部屋の暖房と水道ポンプが停止。暖房がある食堂に入所者を集め、民家に水汲み。
●家で暖房が使えない人達が自家用車内で過ごす。
●暖房を使えない住民のために7市町が避難所として小学校や会館等を開放。
●自衛隊が避難所に暖房器具と毛布を運搬。
 
 この冬、北海道では電力が逼迫している状態で、北電は節電を呼びかけています。
 2010年度並みの厳寒を前提として、最大電力を563万kWと想定し、600万kW前後まで供給力を上積みをしているため、一番厳しい2月でも33万kWの供給予備力(予備率5.8%)があります。ただし、この供給力は発電設備が全て運転していることを前提としたもので、発電設備の計画外停止や出力抑制が考慮されていません。去年の計画外消失電力は最大で96万kWあり、一昨年は137万kWでした。例年、計画外の最大消失電力は100万kW以上になるようです。苫東厚真火力発電所の4号機(道内最大火力)は70万kWですから、停止が重なったら、それ位には直ぐになるのでしょう。
 なので、日頃から節電を実行して少しでも予備力に余裕を持たせ、発電所の突然の故障に備えようとのようです。
 ただ、北電社員の言によると、大型火力発電が停止して供給が逼迫しても、大口需要家(工場やデパートなど)に供給制限をするため、直ぐには計画停電に至らないとのこと。
 
 北海道において電力不足は社会生活などに甚大な影響を及ぼします。今回の大規模停電でその一端がよく分かったはずです。
 室蘭の住民の老人は暖房も電灯も使えず、簡易ストーブと重ね着で寒さをしのぎ、テレビも見ることが出来なかったので、外の状況がまったく分からなかったといいます。
 もし、全道的に停電が発生したとしたら、大混乱になり、皆この老人のようになること必至です。いや、もっと悪い状態に置かれるでしょう。特に、札幌での停電は行政も情報機関も麻痺させますますから大問題です。
 
 今、多くの政治家は選挙に向けて生き残りに必死です。脱原発なんて軽々しくスローガンを掲げる輩もいますが、本当に将来のエネルギー政策について現実可能な道筋を具体的に考えているのでしょうか。現実を見据えているのでしょうか。政争の道具や保身のために脱原発を利用しているようにしか見えないのは私だけだろうか。
 

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イタリア中部地震と原発事故

 日本は歴史上、地震によって甚大な被害を受け、今後も大地震が発生するのは確実のため、地震研究に掛ける予算も他国に比べ多く、レベルも世界最先端です。そのため、地震学者も比較的多い方です。防災に必要とされているため、日本に地震学者が多いのは分かるのですが、地震がほとんど発生しない国にも地震学者が存在しているそうです。
 日本で地震の国際会議が開催された時のこと。研究者が皆同じホテルに宿泊していた夜に震度3程度の地震に見舞われたそうです。震度3程度ですから日本人とっては大した事の無い地震ですが、突然の地震に驚き、部屋から血相を変えて飛び出してきた外国人の研究者が何人もいたとか。初めて地震を経験して、恐怖におののいたらしいです。
 海外では地震学者なのに地震を体験したことが無い人も珍しくはない様です。地震を知らずして、何故地震に興味を持ち、地震学者になったのでしょうか。実は地震そのものというより、地震が発する振動を分析することによって地球の内部構造を調べることを目的としている場合もあるとのこと。日本では地震研究というと発生メカニズムや予知と考えがちですが、色々あるものですね。
 
 3年前、イタリアで大きな地震(イタリア中部地震またはラクイラ地震)が発生しました。ヨーロッパには地震が無いイメージでしたが、イタリアではユーラシアプレートとアフリカプレートの衝突の影響でたまに大地震が発生しているようです。
 調べてみると、このイタリア中部地震は地震規模の割りに被害が大きかったようです。
 2009年1月から4月にかけての群発地震で最大地震は4月6日に発生しており、マグニチュード6.3Mw、深さ2km、震度8~9(改正メルカリ震度階級)、死者300人以上、被災による避難生活者6万人以上。震度を気象庁震度階級に変換すると震度5弱~6弱。
 マグニチュードで比較すると東北地方太平洋沖地震の翌日に発生した長野県北部地震(6.3Mw、震度6強)が同じ大きさです。ただし、長野県北部地震の震源が深さ8kmに対し、イタリア中部地震は震源が深さ2kmと浅い。しかし、震度は長野県北部地震よりイタリア中部地震の方がやや弱くなっています。
 揺れの割りに死者が多数発生したのは、石やレンガ造りの建物が多いため、地震によって倒壊した家屋が多かったのでしょう。
 
 10月22日、このイタリア中部地震の予知に失敗したとして、イタリア防災庁付属委員会の地震学の専門家ら7人(行政官2人、学者5人)が過失致死傷罪に問われていた事件の判決がラクイラ地裁でありました。検察の求刑(禁錮4年)より重い、禁錮6年の実刑判決が下され、更に被災者に対して900万ユーロ(約9億4000万円)の損害賠償を支払うことも命じました。実刑の上に損害賠償まで命じられる過酷な判決です。
 この判決に「これから専門家は地震予知に協力できなくなる」などと世界の科学界から懸念の声が噴出しています。日本地震学会の加藤照之会長は「地震は社会とのつながりが深いので、今後、日本の研究者も自由に発言できなくなるのではないかと、非常に心配している」と話しています。
 何故、こんな重い判決が下されたのでしょうか。判決理由が開示されていません(後日開示予定)ので、裁判所の判断の詳細は不明ですが、やはり、刑罰が重くなったのは死者300人以上という結果の重大性のためでしょうか。刑罰の軽重は別にして、過失致死傷罪で有罪になったということは委員会の発表と被災死の間に因果関係があると、裁判所が認めたことにほかなりません。
 
 問題とされたのは2009年3月末にラクイラ県で開かれた会議での報告でした。出席者はベルナルド・デ・ベルナルディニス(防災庁技術部門次長)、マウロ・ドルチェ(防災庁局地震危機センター所長)、フランコ・バルベーリ(大災害委員会副会長)、ジャン・ミケーレ・カルヴィ(ヨーロッパ地震工学研究所所長)、エンツォ・ボスキ(国立物理学火山学研究所所長・地震学者)、ジュリオ・セルヴァッジ(国立地震センター理事)、クラウディオ・エヴァ(ジェノバ大学物理学教授)の7名。ここで委員会は「大地震につながる可能性は低い」と報告。住民に対して、安心して生活するよう呼びかけていました。これをメディアは「安全宣言」と捉えて報道しました。更に地元テレビ局ではベルナルディニス被告の「ワインでも飲んで落ち着くのが大切だ」との発言もされたようです。
 観測網が世界一発達し、地震予知研究では最先端の日本でさえ、未だに予知は出来ません。7人の被告に大地震が起こるとか、起きないとか、判断できる能力は有ったのでしょうか。甚だ疑問です。現在の研究レベルで考えれば、そんな能力は無かったと考えるのが妥当だと思います。彼らは「大地震につながる可能性は低い」と判断した理由を科学的に説明できないでしょう。それなのに何故、委員会は事実上の「安全宣言」を出してしまったのでしょう。何故、「現在の科学レベルでは、大地震が発生するかは分からない」と言わなかったのでしょうか。
 
 実は、年始から始まった群発地震に市民は不安を抱えていました。そんな状況の時にグラン・サッソ国立研究所のジャンパオロ・ジュリアーニ技師が独自の地震予測方法により、近々イタリア国内で地震が発生することを何度か予告していたのです。この予知は信用性に乏しいものでしたが、市民はパニックに陥りました。中には自主避難する者もいたようです。しかし、委員会の事実上の「安全宣言」が出されたことで市民は安心し、家に戻ったり、日常生活を再開させたのです。
 「安全宣言」から1週間後、大地震が発生し、大勢が生き埋めにりました。もし、「安全宣言」がなかったら、避難していた人々は助かったかもしれないのです。遺族が恨むのも無理ありません。
 
 大地震発生の可能性について十分な根拠を持って判断できないにも拘わらず、委員会が態々、事実上の「安全宣言」を出した裏には市民のパニックを沈静化させる狙いがあったようなのです。だから、ベルナルディニス被告のユーモアを用いて地元ワインでも飲んで安心していて良いなんて話が出てきたのです。 科学者が科学的考察に基づいて、失敗をしたなら、刑事責任を問われることは無かったでしょう。しかし、科学者らは科学を装い、政治的要請に応えていたと思われるのです。これでは責任問題に発展したのも無理なからぬことかもしれません。結果的に市民を騙して、被害を拡大させたと思われるのですから。
 
 東北地方太平洋沖地震の津波で発生した原発事故は当初、「想定外の津波」によるものと喧伝されました。こんな大きな津波が襲ってくるなんて思ってもいなかったと。しかし、過去の貞観津波が原発が想定している津波の高さを超えていると報告されていながらも、無視されていたのが事故後広く知れ渡りました。それに、炉心損傷・メルトダウンなどのシビアアクシデントを過小評価していたことも明らかになりました。
 科学的成果を真面目に検討しようとしないで、政治的影響を重視する専門家達。イタリアの学者達と変わりないではありませんか。
 イタリアの学者達は刑事責任を問われましたが、日本の専門家達は問われていません。一概に裁判で責任を問うのは良いとは思いませんが、何らかの形で行った仕事に対して厳しく問うということは必要かもしれませんね。無責任な輩が跋扈するのを防ぐためにも。

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ラクイラ地震
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%82%AF%E3%82%A4%E3%83%A9%E5%9C%B0%E9%9C%87
震度階級
http://quaker.fc2web.com/files/intensity.html
危険な前例 「日本なら5分おきに警告」 大地震予知失敗 伊学者ら禁錮6年
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/world/europe/600982/
 

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「絆」をめぐる2つの記事

 東日本大震災から一年が過ぎた事を機に在日外国人による2つの記事が出ました。一つは中国人特派員がコメントしている記事。もう一つは元ワシントン・ポスト東京特派員のポール・ブルスタイン氏による記事です。
 日本人の絆を題材にしながら、内容は正反対です。中国人特派員は「皆が被災者を助けるため心を一つにしていることは、今後の復興に非常に重要」と未だ絆が健在との認識を示しています。一方、ブルスタイン氏は自治体ががれきの受け入れを拒否していることを引き合いに出し、「絆という言葉で象徴される震災直後の団結の精神が失われている」と失望感を表しています。
 日本人の連帯意識は未だ健在なのでしょうか。それとも、元々、口先だけだったのでしょうか。
 天皇陛下は「国民皆が被災者に心を寄せ、被災地の状況が改善されていくようたゆみなく努力を続けていくよう期待しています」とおっしゃいました。一日本人としては多くの国民がそのご期待に沿う気持ちを持っているものと信じたい。

 

 ちなみに、ブルスタイン氏は昨年の春に放射能被害を恐れる外国に対して冷静さを保つことの必要性を訴え、日本は困難を乗り越えることの出来る国だとの記事を書いた人です。

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中国国営テレビが「ミタ」紹介…震災で絆に注目- 読売新聞
http://www.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20120311-OYT1T00503.htm
「絆」の精神喪失=日本在住の元Wポスト紙記者- 時事通信
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2012031100150 
「なぜ日本を離れないか」米紙元特派員が訴える“必要な冷静さ”
http://www.sponichi.co.jp/society/news/2011/03/19/kiji/K20110319000457530.html
 

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東日本大震災1周年

 東日本大震災からもう一年が過ぎた。津波が押し寄せる様子をテレビで見ていたのが一年も前のこととは思えない。それだけ、衝撃的な出来事だった。
 しかし、現実ははるかに酷かったらしい。津波の被害に遭いながらも生き残った人々の話を聞くと言葉では理解できるものの、想像が出来ない。実際に体験した者でないと本当の酷さや悲しみは分からないものなんだろう。簡単に共感なんて言葉は使ってはいけない気もする。
 
 東日本大震災1周年の日に中島みゆきさんの「時代」を聴く。被災者の方が「そんな時代もあったねといつか話せる日が来る」ことを願って。

 

 

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福島第二原子力発電所の被災状況

 福島第一原子力発電所の事故に隠れ、福島第二原子力発電所や女川原子力発電所が地震や津波でどの様な被害にあったのか、詳しく報道されていなかった。それが8日の県の立ち入り調査に伴い震災後初めて報道陣に公開され、福島第二原子力発電所の被災状況の一端が明らかになった。
 報道された内容を一部引用する。

 

炉心溶融「紙一重だった」…福島第二も総力戦(読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/feature/20110316-866921/news/20120208-OYT1T00979.htm
~略~
 第二原発とメルトダウン(炉心溶融)に至った第一原発の距離はわずか約12キロ・メートル。襲来した津波は第一原発の13メートルに対して第二原発は9メートルだったが、海岸近くにある原子炉を冷却するための海水ポンプの機能が奪われ、原子炉4基中3基が一時危険な状態に陥った。しかし、外部からの高圧送電線が1回線生き残り、中央制御室で原子炉の温度や水位などのデータが把握できた。必要な対策を見極め、事故4日後の3月15日までに全号機で冷温停止にこぎ着け、放射性物質は外部に漏れなかった。「原子炉の状態をつかめなかった第一原発とは大きく違った」と増田所長は指摘する。
~略~

 

「原発救った命綱」仮設電源ケーブル…福島第二(読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/feature/20110316-866921/news/20120209-OYT1T00281.htm
~略~
 敷地内には津波の爪痕が残るが、原子炉建屋や格納容器内に損傷はほとんどなく、メルトダウン(炉心溶融)から水素爆発に至った第一原発との違いが際だった。
 「これが仮設の電源ケーブル、第二原発を救った命綱です」。敷地内に巡らされたケーブルを指し、福島第二原発の設楽親(したらちかし)副所長(52)が説明した。昨年3月11日の震災直後、ヘリコプターで東電の資材センター(茨城県土浦市)から運び込んだ。100人を超える作業員が12日未明から2日間、夜を徹して敷設し、冷却に必要なポンプに電源をつなげ、津波で失われていた冷却機能を回復させた。
 海岸近くでは津波で破損した設備が見られたが、1号機南側には高さ約4メートルの仮設防潮堤がそびえていた。第一原発と同規模の津波にも対応できるという。
~略~
 4号機では、事故直後に圧力が異常上昇した格納容器の中を見た。高温のために配管の塗装が一部はがれ当時の過酷な状況をうかがわせたが、配管や弁などに損傷はなかった。
~略~

 

東日本大震災:福島第2原発ルポ 紙一重で大事故回避 建屋、無傷に見えたが /福島(毎日新聞)
http://mainichi.jp/area/fukushima/news/20120209ddlk07040219000c.html
~略~
 津波が襲ったのは、海岸沿いに4基並んだ原発の南端の通路。海抜4メートルにある海水を使う4基の冷却装置を全てのみ込んだ後、一番南側にある同12メートルの1号機の原子炉建屋の側面を襲い、裏手から北側の3基の原子炉に向かって流れ込んだ。現在1号機側面には「15・3メートル」と浸水の高さを示す線が引かれ、再度の津波に備え1メートルの土嚢(どのう)を4段積みした仮設堤防も作られている。
 ただ、浸水したのは6階建ての建屋の1階分の高さ。これだけで4基のうち3基が冷却機能を失い第1原発同様の「緊急事態宣言」に至ったことに驚いた。冷却装置は1階に電源装置やモーターが置かれ、原子炉内のディーゼル発電機も地下にある。いずれも水をかぶって使えなくなった。先端イメージのある原発だが、築30年の昭和の他の建物と変わりないように見えた。
 こうした状況で大事故を避けられた理由は、「津波の高さが第1原発ほどでなく、設備の損傷が少なかったため」(増田尚宏所長)という。4系統の外部電源のうち1系統が辛うじて生き残り、津波の流れから遠かった3、4号機の非常用電源も一部が残ったため、中央制御室から原子炉内の状況を確認しながら、残った電源を突貫工事で浸水した施設につないで5日目に冷却機能を復活した。
~略~

 

 テレビなどによると地震が平日だったため、発電所内に2000人がいたことが幸いし、仮設ケーブルの敷設が出来たそうだ。また、モーターは水没により壊れたため、空輸して、交換したそうだ。

 

 地震により各原発がどの様な損傷を受けたかは今後の原発再開を考える上で重要な要素であるにもかかわらず、サイトを確認すると、取り上げたのは新聞では5紙の内、読売、毎日、朝日の3紙。テレビに至っては6局の内、テレビ朝日のみ。
 メディアは大規模な事故に至らなかった原発などには興味無いということか。

 

 津波に備えて土嚢の仮設防潮堤を築いているが、大丈夫なのだろうか。津波に耐えることは出来ても、地震で崩れることはないのであろうか。
 

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